まだ終われない

@osakana23

第1話 転機

「至急、病院に来て下さい。お話があります。」


会社の健康診断から2日後のこと。

知らない番号の表示に不信感を抱きつつ出た電話で、突然突きつけられた得体の知れない不安。


「…わかりました。明日、伺います。」


それしか言えなかった。


…なに、お話って。

私になにかあるの?

特に体調も悪くないんだけど。


思い当たる節がなさすぎて、何かの間違いだろうと考え始める。

モヤモヤするような、なんともないような、不安定な気持ちのまま迎えた翌日、病院。午前中だけ仕事の休暇を取り、開院時間ジャストで受付をした。


「肺に影があります。」


レントゲン写真を指し棒で指して、言いにくそうな、でも淡々とした様子で先生が言う。


眉間を寄せて、じっとレントゲン写真を見つめる私。

影…どこにあるんだろう。素人目にはわからないな…。


「はあ…。」


状況を掴めていなさそうな私を見て、先生は「大きな病院で精密検査を受けてください」と言い放ち、今後の動きを事務的に説明する。


「早いに越したことはないので、すぐ検査してくださいね。」


そう言われて病院を出た。


12月中旬、よく晴れた、風の冷たい日だった。

しばらくぼーっと佇んだ後、ふと我にかえって、すぐさま大病院に電話をした。


なんだかやばい気がする。

早く診てもらわないと。


はやる気持ちとは裏腹に、診療予約は最短でも翌年。もし本当に病気だったら、その間に病状進んじゃうんじゃないの…と、また更に不安になる。


やり場のない思いを抱えたまま、とりあえず家路に着いた。午後から仕事に行かなきゃいけない。切り替えなきゃ。そう自分に言い聞かせて、目の前のことに没頭するようにしないと、不安で押し潰されそうだった。




家に帰ってすぐに、旦那に電話をした。

旦那は2つ歳下。背が高く、傍目にはシュッとしているように見えるが、性格は穏やかで、いつもヘラヘラ笑っている。結婚したのは1年前。会社の後輩で、交際半年くらいでプロポーズを受けた。いわゆるスピード婚だった。


「どうだった?」と聞く旦那。

手短に言うとね、と前置きをして、「肺に影があるから精密検査受けてって」と伝えた。


「…そうか。」

いつも通りの声音。

「検査はいつ?」


「来年。1月6日。仕事休んで行ってくる。」


「ちょっと先だね。」


「大病院だし年末年始挟むしね…仕方ないよね。」

自分に言い聞かすように話す。


「病名は言われたの?」


「いや、レントゲンでは判断できないから、精密検査受けてってさ。でも、可能性として癌か、結核とか?が考えられるんじゃないかって。」


「どっちも大きな病気だな」


「結核って昔の文豪が罹ってたイメージだよ…。まあ、ネット見てると精密検査しても何もなかったってこともあるみたいだし…。」


「なにもなければいいけどな…。まあ大丈夫なんじゃない?」

あっけらかんと言う旦那に、私は笑いながら、

「いや、根拠がなさすぎる。」

と言った。

根拠はないけど、大丈夫と、そう思いたかった。



「じゃあ仕事戻るわ」と旦那が電話を切る。

私も会社に向かわないと。準備しないと。

頭ではそう思うのに、気持ちがついていかない。


先生の言ってた病気のどちらかだったら、私はどうなるんだろう?

癌なんて特に、私もしかして最悪死んでしまうかもしれないの?

祖父を癌で亡くした私は、命が癌に蝕まれていく様子を見て知っていた。私もああなってしまうの…?


ついつい携帯でブラウザを開いてしまう。

「右肺 上部 影」

「右肺 影 結核」

「右肺 癌 レントゲン」…

調べても仕方がないのに。


そうこうしているうちに、いよいよ出勤時刻が迫ってきて、慌てて準備をして再び家を出た。



その日の晩。

仕事が終わって旦那と家に2人。

愛猫が1匹。

いつもより手の込んだ晩ご飯を作った。


特に感想もなく平らげた旦那。

「大病院ってどこにいくの?そこ?」


「うん。そこ。癌も感染症も強いみたいだしベストなんじゃないかと思って。」


大病院は家から徒歩5分のところにある、

癌・感染症に強いところを紹介してもらった。


「いいじゃんすぐ行けるの。入院とかなったらすぐ面会いけるし。」

半分笑いながら話す旦那。

まだ現実を受け止められていなかった私には、1番身近なはずの人が他人事のように話す様子を見て、なんとも虚しい気持ちになった。


それから大病院での最初の診療までは、自分のメンタルとの闘いだった。

考えれば考えるほど、「死ぬかもしれない」「まだ死にたくない」を繰り返し、精神的な負荷で体重が落ちたり、胃が痛くて動けなかったりした。


そして考えることにも疲れてきた頃、

「どういう結果でも、やりたいことをちゃんとやって、死ぬ時の後悔が少なくなるようにしよう」という結論に自分を落ち着かせた。


1月6日が近づいている。もうすぐ私を蝕むものがなにか、はっきりする。早く「見えない不安」から解放されたくて仕方がなかった。

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