働かざる者 呑むべからず

 BARで待っていた私たちの所にゆっきーが戻ってきたのは、別れてからおおよそ一時間後だった。それぞれ二杯目を飲んでいた私たちと合流したゆっきーは、スコッチを頼んですぐ「これ飲んだら移動しよう」と提案してきた。何やら良い店があるという……って三軒目かー。


「で、ここがそのお店?」


 得意げに頷くゆっきーに、私たちは顔を見合わせる。


「『大衆居酒屋 異世界』って……」


 なんだろうねこれ。まるでから転移してきた私達を笑わすために用意されてるような店名じゃない。


「なんてベタな……」

「まあ、定石でござるな」


 ハタやんは呆れてるけど、イッシーは妙に納得してる。っていうかおっさんら、適応するのが早すぎ。


「いいからいいから。ほら入るよー♪」


 私たちは背も胸もバカみたいに大きなゆっきーに、文字通り押し込まれるようにして店内に入った。



 早速私は濃い目のハイボールをお願いする。ハタやんとゆっきーは安定のホッピー。そしてイッシーはウイスキーの……水割り!? えっすごい! 加減を覚えたね! えらいぞ!

 あたしゃ思わず拍手しちゃったよね、心のなかで。


「もう三件目だし、お腹は空いてないでしょ? 適当に頼んどくねー」


 そう言ってゆっきーが、手慣れた様子でオーダーを入れてくれる。


 それにしても飲み物も食べ物も、本当に元の世界とそっくりがすぎる。オーダーにまったくためらいがないゆっきーも大概だけど、すっかり私達も馴染みきってる。

 まあいいや、私はずっと気になってることを聞いてみた。


「ねえ、ゆっきー、今まで何してたの?」

「ああ、えっとねー……」


 ゆっきーは偵察の一部始終を説明してくれた。乱暴なナンパ野郎を軽くのした後、現地の綺麗なお姉さん二人に連れられて行った店で親睦を深めていたらしい。


 説明をしながら、ゆっきーは見たことのない紙袋をゴソゴソと取り出した。そのままテーブルの上で逆さにすると、コロコロっと可愛らしくラッピングされた包みが五つほど出てくる。これは……チョコレート?


「わざわざ買ってきたでござるか?」

「まさかあ。そんなわけないでしょ」


 エルフ美少女イッシーの問いに、ゆっきーは嬉しそうに笑いながら手を振って否定する。


「ここ教えてくれたなお姉さんたちがさ、お店で配る義理チョコあげるーって言ってくれたのがこれ。で、こっちは僕らの隣にいたおっさんの団体がさ、『いいもん見せてもらったわ』『これ今日会社でもらったやつだけど、良かったら食べて』とか言って、いくつか置いてったんだよね。いやあ、まさかおっさんからまでチョコもらうとは思わなかったなーははっ」


(それ絶対じゃん……)

(乳だろうな……)

(乳ですな……)


 私ら三人は目を合わせると、確信をもって小さくうなずきあった。

 何でもゆっきーはそのお姉さんやおじさんたちから、この世界について色々と情報をもらったのだという。


 そこへ届いた串揚げの盛り合わせ。おっ、このお店は結構手早いね。好感度高いわ。

 ゆっきーは慣れた手つきでサラッとしたソースをかける。そのまま牛肉串を手に取り、傍に添えられた和辛子をつけて口に運ぶと、サクリといい音がした。


「あ、この串うっま。……でさ、さっき時計見てわかったと思うけど、時間や暦は僕らのいた現代と全然変わらないみたいだね。あと物価だけど、下手したらデフレ真っ最中の日本ふるさとより安いかもしれない。この繁華街のエリア価格かもしれないけど、中生ビールがどこも200エラくらいで飲めるんだよ」


「生中が二百円かー。それはすごいわね。店で出す価格じゃないじゃん」

「助かるなあ。なんせオイラたち、今手持ちのしかないわけだし?」


 この世界には、自分名義の口座なんてない。現金は自動変換された手持ち分しかないわけで。減る一方のについては、私も気になっていたのだ。


「でさ、おじさんたちには仕事探しについても教えてもらったの。この世界では、本人の能力スキルやレベルなんかを鑑定してくれる所があるんだって」

「スキルとかレベルって……ゲームか!」


 私は思わずツッコミ笑いしながら、里芋の唐揚げをつまんだ。うっは熱っ! ねっとり熱々のそれを頑張ってハフハフしつつ、冷え冷えのハイボールで流し込む。そして大好物のごぼうの唐揚げを口に放り込んだ。うん、塩気が効いててホックホク! 美味っ!


「何だかね、就労前に必ず鑑定で自分のスキルを把握して、それに合うところに希望を出すんだって」

「へえー。まあある意味効率的なのかな? 確かに仕事内容と能力とのミスマッチは、雇用する側もされる側もお互いに不幸でしかないもんにゃぁ」


 そう言う黒豹ハタやんは、れんこん串をもぐもぐしながら黒ホッピーを飲んでる。私もアスパラベーコン串を手に取った。うん、アスパラがすっごく太くてジューシー。美味い。


「なかなか面白そうでござるな。しかしそれだけデフレってると、報酬も安いのかもしれんのが心配だ」


 エルフ美少女イッシーは、ウイスキーの水割りを飲みながら豚串に手をつけている。ああああそれも美味しそうね。お腹空いてないはずなのに、他人が食べてるのは美味しそうに見えちゃう卑しい私。


「でさ、懐に余裕があるうちに動いた方がいいだろうなって思って」

「うん、私はゆっきーの意見に賛成。働かざる者飲むべからず、っていうしね」

「ともっち、それちょっと間違ってる気がするにゃ」


 ハタやんは相変わらずの突っ込み役だけど、私はさらっとスルーして豚串を頂く。うん、美味い。

 ゆっきーはそんな私達の顔を見渡してから、ホッピー片手にニコリと笑う。 


「よし、じゃあ明日にでもそのギルドって所に行ってみようよ。場所も教わったし」

「「「さんせーい」」」



 『大衆居酒屋 異世界』には、それから九十分ほど滞在した。私は最後に辛口の冷酒で締め。あの蟹味噌の炙り、美味しかったなー。ほろ酔いしつつお腹いっぱいで大満足です。そんなこんなで会計をすませ、宿屋へと戻る私たち。


 それにしてもさあ。場所や姿形は変われども、やってることは本当に何も変わらないね、このメンツ。まったく酒臭い異世界生活である。

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