第12話 殺人現場3
(違うな。此処じゃない)
夢の中で見た光景と噛み合わない。
部分部分を見れば似通っているが、全体を見れば違いは明らかだ。
水銀灯は明滅していないし、遊歩道もゴムのようなアスファルトで舗装されており、砂利ではない。何よりも、俺が人を殺したと思われる場所に全く痕跡が残っていない。そこら中に血の臭いが残っているにも関わらずだ。
つまり、俺が見た夢と実際の殺人現場とは似て非なるものだというわけだ。
それはそのまま、俺の見た悪夢が現実でないという証左にはならないが、此処で起きた殺人事件に関しては無関係であるという事が言えそうだ。
思わず内心で胸を撫で下ろす。
その心の隙が油断を生んだのか。
暗闇の中に爛々と光るものを見つけて、俺は静かに街灯に預けていた背を離す。
闇の中に浮かび上がるのは丸い二つの双眸だ。目が光って見えるのは街灯の光を映しこんでいるからだろうか。
小さな足音と共に木々の間を縫って現れたのは、全身が黒い体毛で覆われた中型犬だ。犬の種類には詳しくないが、猟犬のようにスラリとしたフォルムは運動性能が高そうに思える。少なくとも、チワワやコーギー等といった種類ではない。
「野犬か?」
自然公園はその名の通り、自然を活かして造られた公園だ。
当然、その環境は多くの生物を内包する。
昆虫や爬虫類、両生類だけでなく、鳥や栗鼠などといった哺乳類も多くその内に抱え込む。
そして、そんな生物たちの楽園の中に野犬が居ても何ら不思議ではなかった。
「明日斗くん!」
そんな野犬の存在にイブリースも気付いたようだ。
心配そうに俺に近付いてくる。
いや、俺を心配してというわけではない。
イブリースが駆け寄って来た方向にも光る双眸が見える。どうやら、野犬は一頭だけというわけではなかったようだ。
(違う。更に増えている)
三頭、四頭、五頭と俺たちが見ている間に徐々に増え続けている。
群れという事なのだろうか?
しかし、ここまで人を恐れないものか。
我々の縄張りを荒らすなとばかりに歯茎を剥き出しにして低く唸る姿は、どう見ても警告だけで済むとは思えそうにない。
「縄張りを刺激したか? 退散した方が良さそうだ」
「待って。あそこに人がいるよ」
「何?」
街灯の灯りがギリギリ届かない闇の中から人影が滲み出すようにして歩いてくる。
最初の印象は、白。
白髪に白い肌に青い目。背は高く、白いトレンチコートを着て編み上げのブーツを履いている。
体付きを見る限りは鍛えられ、服の上からでも筋肉が隆起しているのが分かった。
外国人の傭兵……俺が総合的に見て抱いた感想である。
「我らが王よ」
暗闇から浮き出てきたかのような男は低い声で、そう言葉を発する。外国人のようなのに、その言葉が日本語である事に驚いたが、それ以上に俺は男の言葉を吟味して考え込む。
(……王? 王とは何だ?)
だが、その言葉を聞いた瞬間に、俺の深く暗い部分が歓喜の声を上げる。
マズイ。自制が徐々に効かなくなってきている。早く、この場から離れないと……。
「イブリース、良く分からないがここは逃げるぞ」
「…………」
「イブリース?」
「ゴメン、明日斗くん」
次の瞬間に起きた事は良く分からない。
物凄い力で肩を掴まれたかと思うと、俺の体は重力に逆らうようにして地面と平行に後方へと飛んでいた。囲む野犬をあっという間に飛び越え、流れていく景色を前に、俺は生命の危機を感じる。
その瞬間に出来たのは、頭と体を守る為に腕を後ろに回した事だけだ。耳が痛くなる程の風切り音が止んだ時、俺の体は太い木の幹に強かに打ち付けられていた。衝撃に枝が激しく震え、後ろに回していた腕が尋常ではない痛みを訴えてくる。
(痛ぇ……)
ともすれば、気絶しそうになるほどの痛み。
泣きながら七転八倒したくなるが、その痛みが俺の意識を平常へと呼び戻す。俺の心の奥底のドロドロとしたものをかき分けて進み、俺はしっかりとした意思の下に街灯の灯りの下を睨んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます