第8話 殺人現場1

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 ずぶり、ずぶりと踏み出す足がアスファルトに沈み込む。

 既に稜線の彼方に太陽は沈み、闇を友とする者たちが動き出す時間帯へと変貌している。そんな時間帯に合わせるようにして、俺の中の闇もゆっくりと色を強め始める。

 酩酊状態のような不安定な足元は、濃い闇の気配にあてられた証拠だろう。

 公園に近付くに連れて、俺の意識は溶けるようにして薄く流れ出していく。

(イブリースは偉大だったか)

 ここまで浸食の進んだ俺の意識を学生という小さな器に収め直した。

 そんな事はやろうと思っても出来るものではない。

 人付き合いにおける天賦の才――恐らくそういうものを持っているのだろう。

 だからこそ、俺は久し振りに記憶を失わずに済んだ。

 これから先がどうなるかまでは保証ができないが、少なくとも現時点ではイブリースは良い仕事をしてくれたのだと思う。

 意識が混濁としていく中で、俺は暗くなりつつある視界と鮮明に匂いを嗅ぎ分ける嗅覚だけで歩みを進めていた。

(此処だな。嗚呼、此処に違いない)

 薄く香る血の臭いが俺の中の闇を覚醒させる。

 丘の上の自然公園。

 殺人事件が起きたという現場。

 だが、その入り口は何人なんびとの侵入をも拒むかのように厳重にロープが張られ、暫くの間、公園の使用が出来ない旨が掲示されていた。

 俺はその掲示を横目に通り過ぎながら、人通りが無い場所を選び二メートル程の高さの木壁に手を掛けると、あっさりとその壁をよじ登ってしまう。

 塀の縁に付いた指紋をハンカチで雑に拭い取ったら、足音を立てないように静かに公園の内部に着地。

 そのまま血の臭いが濃い場所を目指して歩いて行く。

(俺の嗅覚もここまでくれば、立派な変態だな)

 自嘲する。まるで死の臭いを嗅ぎつける猟犬のようでいながら、俺の根源はもっと浅ましいもので出来ている。

 だから、この力を誇る事は一生無いのだろう。

 日の落ちた公園の中で街灯が静かに輝く。

 誰も立ち入っていないからなのか、夜の公園は妙に寂しい印象を俺に与えてきた。

(似てはいる)

 夢の中の公園と似てはいる。

 だが、自然公園なんてどこも同じような造りだといえばそうかもしれない。

 既視感もあるが、俺は小さい頃にこの公園に来た事がある。

 だから、既視感があって当然だ。確証が持てない。

(遠くを走る自動車のヘッドライトや町の風景は似ていると思うが)

 起き抜けに夢だと思い込んでしまったのもいけなかったか。

 あの時の記憶が定かでなく、俺の混乱に拍車をかける。

(実際の現場、似たような時間帯、その条件が当て嵌まれば、ピンとくると思っていたんだがな)

 当てが外れた。

 だが、俺がやっていないという確証も掴めていない。

 結局、この場で粘っていても何も進展しないのではないか。

 そんな事を思い始めた俺の意識は……そこで、ぷつりと途絶えた。

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