白蕾
@himagari
第1話
「おい、京。式始まるから早く行くぞ」
自分の名前を呼ぶ声に、京は吸っていた煙草の煙を吐き出して振り返った。
「おう、すぐ行く」
タバコの火を消した京はベンチから立ち上がる。
大学に入学してから四年。
様々なことがあり、紆余曲折を乗り越えて卒業の日を迎えていた。
「て言うかお前またピアス増えたな。式の時は外しとけよ」
「分かってるって」
そう言いつつ男子トイレに入った京は耳についていたピアスを外しポケットにしまう。
身嗜みに乱れがないかを確認して、ふと首筋に視線を送るとそこにはやはり消えない傷跡が残っていた。
「……随分変わったな」
京の見た目は、この傷跡がつけられた日と比べると大きく変わった。
背も少し伸びたし、髪型も顔つきもファッションも、あの頃と比べると随分見た目が良くなっている。
それは京が望んでそうしたからで、あの頃と違う自分になれた事を嬉しく思いながら寂しくも思う。
この傷跡を見るたびに未来の事を思い出し、その度にまた傷つきピアスの数も増えた。
「情け無いな」
自分の顔にそう評価を下して京はトイレを出て式の会場へと向かった。
退屈な式。
あの日から京には全ての日々が退屈で、鬱屈で、霞んで見えている。
高校の卒業も、大学の入学も、出会いも別れも。
京の目に映る全てはあの日の、あの子の残像越しに見えていたのかもしれない。
「帰るか」
名門の大学を卒業した感動などなく、式が終わると同時に元のピアスを付けて大学の敷地を出るべく足を進める。
足元ばかりを見るのが癖になった京の目には別れを惜しむ他人の姿も、笑い合う学友の顔も見えていない。
そしていよいよ敷地を出ようとした時、何故か傷跡が疼き、何となく、大学を振り返った。
「……京」
顔を上げた京にそう声をかける一人の少女。
いや、既に少女ではなく一人の女性になった記憶の中の女の子。
思い出と言うには鮮明すぎて、けれど記憶の中以外には居なくなった眼の中に見える姿。
京のとっくに治り切った傷跡の疼きが鼓動の音と共に痛みを訴える。
「……
あの日の思い出、あの日々の想い出が鼻腔に薫る。
未来の名前を呼んだ京の脳裏にあの日々が否応もなく蘇った。
「うん。変わったね、京」
「……あの、なんて言うかさ、その……ごめん、なんか纏まんない」
言いたかった言葉も、聞きたかった言葉も、京の中にあった全てが消えていく。
「いいよ。突然きちゃったしね。今夜時間ある?」
「うん」
「ごめんね。色々聞きたいこともあるでしょ。だから今日はたくさん話したいんだ」
そう言って未来は京の手を握り、そして首元の傷跡を見て微笑む。
これはそんな二人が出会い、そして別れるまでの物語。
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