第7話
この寒い季節にしては珍しく外は雨が降っていた。それも少し多めでザアザアと音がする。
「雨…」
紅葉が窓に張り付くように外を眺めている。その少し横には恐らく紅葉が描いたであろう結露した窓に線が交わったり円を描いたりと絵が描かれていた。
「何描いてたの?」
「ネットワーク構成図」
「そ、そっか」
だから線ばっかなのね。それにしても、ネットワーク構成図って…。
「外、気になるの?」
「はい。今まで外に出た事すらあまりなかったですし、出たことがあっても窓越しに見える狭い視野でしか見たことなかったので外ってなんか新鮮な感じがして」
俺も紅葉より少し上の窓を袖で拭いて外を見る。
灰色の空と暗い景色。滴る水滴。心なしかいつもの外の景色よりも幻想的に見える。
「私、こんな世界見たことなかったはずなんです。けど、既視感があって、それがまた不思議な感じなんです」
そう言いながら紅葉はまた窓に触れた。
「あ、私も何か描いてみたいですっ」
すると、後ろからモモイの声が聞こえて俺の隣で何か描きだした。
「なにこれ」
「ネットワーク構成図です!」
「そっちもかい!」
俺の隣ではモモイが四角から四角へと線を繋ぎ、新たな四角を作りそれまた線で繋いで…と一人奮闘している。
けど、絵のレパートリー少なくない?もっと他になんかあるだろ。
「猫とか…てるてる坊主とか…なんかそういうのとかは?」
「その手がありましたか…!」「なるほど」
えぇ…筆頭だと思うんだけどなぁ…。
「………ちなみにこれは上手いの?」
「わからないです。実際に形のあるものでは無い空想上の物みたいな物ですからね」
「そ、そうなんだ…」
わかんないのにこんな蜘蛛の巣もビックリなくらい張り巡らしていたのか…まぁ、でも図形を線でつないだ構成図って言うか図みたいなものだし上手い下手って言うのも変なのかもな。
「マスターさんマスターさん」
ちょいちょいと袖を引かれる。
「どうですか?」
そして、紅葉の目の前に描かれた可愛らしい猫を発見した。
「かわいい!」
「ふふっ。ありがとうございます」
改めて紅葉ってすごい女の子力あるよな。料理然りお絵描き然り…今までこんな純粋で可愛らしい子見たことない。
………純粋…純粋……あ、純粋と言えば。
「そういえばさ」
「はい」
「あの時の手紙の事なんだけど」
「はい…」
「あぁ、別に咎めたりするってわけじゃないよ。けど、あの手紙の文章って君が書いたんだよね。あんな怖い文章どうやって書いたの?」
前述にもある通り、あの手紙は今俺が見ている紅葉からは想像もつかない文章で書かれていた。
あの時にはその事とかその関係の事とか丸々全部あまり聞かなかった。無駄に距離感を離してしまっても紅葉がかわいそうだと思ったから。数日経った今なら多少大丈夫だろうと思い話を切り出してみる。
「それは…ネットの掲示板の怖い人達の言葉遣いをマネして書いてみたんです」
「あぁ…なるほど」
だから、あんなナルシストっぽいワードを知ってたわけね。で、後半の手紙ではあんな感じだったわけね。後から送られてきた手紙の雰囲気が一変したのも納得。
やっぱりネットは教育に悪いな。ネット掲示板然りエルサゲートもまた然り…。
「それとあの時、なんで俺らの会話が聞けてたの?」
「ぁぁ…それは…」
急に離し辛そうにする。
「お、怒ると思うんですけど…そのスピーカー……」
本棚のちょうど良い隙間に置かれたスマートスピーカーを指差す。
「アレにハッキングして、会話を聞いてました…すいません…」
「えぇ!そんなこともできるの⁉」
恐るべしセンチネル級…。
「すいませんでした…」
「別に怒ってないし良いよ。大丈夫」
結果論だけど。
「あ、私も一ついい?」
ベッドに寝ころびながらいつの間にか本棚に並んでいた本を読んでいたカンナが小さく手を挙げる。
「なんでセンチネル級の紅葉がヴァンガード級とアサルト級の私達に戦いを挑もうと思ったの?」
「えっと…最初はドローンを使えば勝てると思ってたんですけど、まさか手紙を届けに行ったドローンが一台とはいえあんなに直ぐ壊されちゃうとは思ってなくて、もう手紙も届けちゃってやっぱり変更するなんてできなくなっちゃって…それで…」
それでも結構強かったけどね。
「ナノマシンの保有量も少ないと聞いていたのでまさかあんなにあっさりと負けてしまうとは……」
「そうだったのね。あの爆弾が無かったら危なかったわ」
あの時、即席とはいえ作って良かった。
「あ、そうそう。ナノマシンと言えば」
モモイが何かを思い出した様で2リットルサイズくらいあるボトルを上着の懐から何本か…いや、何本って感じじゃ無いな。十本くらい取り出した。
「あんた、それって…」
「そう!ナノマシンです!」
「えぇ⁉」「お、おぉ?」「え」
カンナが飛び上がって驚く。
「ちょ!あんた、どうやって手に入れたのよ!」
モモイの両肩を持って揺らす。
「ふっふっふ…実はあのドローンにはナノマシンが使われてるんです。なので、破壊されたドローンから回収してきました!」
「ナイスッ!」「おぉ!」
「これくらいあれば、全員分のモジュールを作れるはずです!」
モモイがそれぞれにボトルを渡し始める。あ、俺は…あ、やっぱり俺には無いですよね。
「カンナはこれくらいですかね?」
「な、なんか多くね?」
ご、五本って…もう半分無くなったけど…。
「仕方ないでしょ、
武器形成…?
そう思った瞬間、カンナがボトルの蓋を開けて手にナノマシンを手のひらに出す。ナノマシンはカンナの手に次々と吸収されていき、ちょうど五本目を吸収し終わったと同時に目にスタンバイシンボルが浮かび、手元から何か長い棒状の物が生成され始める。
それは段々と形作っていき、最終的に剣…いや刀、日本刀のような形になった。
「できたわ」
形状はいたって普通の日本刀。だが、
「これが私のメイン武器【ULT blade】」
「すごい…!」
「超振動でどんなものでも切れるわ。しかも【all weapon system】にも対応してるから今までの戦力比じゃないわよ」
高周波カッターと同じ原理か。けど、かなりデカい版それも日本刀となると切れ味はとんでもなくよさそうだ。
「でも、鞘に納めてないと危なくない?」
「それについては大丈夫よ」
と言って、人差し指の上に刀を立たせると刀がカンナに吸収されていった。
「普段はこうやって収納しておけば大丈夫。さて、モモイは?」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、ナノマシン吸収するの苦手なんですよ…スキルも同時に使えるようになるのでそれの処理も一緒にしなくちゃですし」
既にボトルが二本とも空になっていて今は三本目の途中のようだがそれでも、もう五本とも空になったカンナよりは遅い。
「ふぅ…やっと空になりました」
モモイが瞬きをした直後、同じくモモイの目にもスタンバイシンボルが現れる。
「はっ!」
モモイが拳を構えた瞬間、両手にグローブ、両足にシューズが装着された。グローブは指ぬきがされていて、所々に機械的造形がされている。シューズには半月型の装甲が連なる様に重なって、これでキックされたらひとたまりも無さそうというくらいに凶悪な見た目になった。
「おぉ、なんか悪そう!」
「そんなことないです!かっこいんですよ!強いんですよ!」
「へぇ~、ちなみに名前は?」
「【装着型桃式戦闘術サポートモジュール
長い!すごい長かった。
「月桃は技のサポートや桃式戦闘術の威力を上げてくれるんです。【旋風】って正式名称は【桃式戦闘術 旋風】なんです。なので旋風の威力を上げることもできます」
「…旋風ってたしかあのドローンを壊したやつだよね?」
見事に拳がドローンを貫通してたけど…。
「はい、あれです」
「アレがまたさらに強くなるの?」
「そうです!かっこいいですよね!」
「そ、そうだね…」
うわぁモモイがまたこんなに強くなっちゃった。もうグーだけじゃなくパーもチョキも封印した方が良いんじゃないかな。
「さてと、紅葉ちゃんはどうですか?」
「あとちょっとです」
すると、紅葉はいつの間にか上着を着てフードをしていた。一応、綺麗にはしたけど、風呂あがった後だし今するのかとは思ったけど、口には出さなかった。多分、必要なことで着ているんだろうし。
ペットボトル二本を消費しきると、モモイやカンナとは違い、フードの両側面にシンボルマークが現れた。
「それっ!」
すると、紅葉の首の後ろからヘッドホンが現れ首にかけられる。
「私はお二人みたいな派手な感じではないですけど、スキルが三つ増えました。ハッキング系の【system hack level2】と電波を妨害できる【jamming】、レーダーの【Splash Cymbal】が使えるようになりました」
「レベルツー?」
「モジュールが無い状態がlevel1で、モジュールがある状態がlevel2です」
「それって、どれくらい強いの?」
「ハッキングの処理にかかる時間が短縮されて、スペックも上がっているので色んな物にハッキングできます。前から|プロキシネオやビルドアップファイアウォールの突破自体はできたんですけど、時間がかかりすぎてしまって逆探知の解析までに間に合わなくてクラックできなかったり………マスターさん?」
「ごめん…何言ってるのかよくわからない…」
ハッキングとファイアウォールくらいしかわかんなかった。ファイアウォールは聞いたことあるだけなんだけど。なに、プロキシネオとかビルドアップファイアウォールって。
「えーっと…とりあえず、今まではスペック的に無理だったデバイスにもハッキングできるということです」
「おぉ!すごい!」
「それと、これを…」
上着のポケットから小さい円型のチップのようなものを二つ取り出した。
「これは、モモイさんとカンナさんに通信できるデバイスです。私とモモイさんとカンナさんのみ回線に入れるようになってます」
「なるほど、プライベートネットワークなんですね。しかも、発声しなくて良いのも気密性高いですね」
なんか、よくわからないけど、他の誰かが入ってこられないんだな!すごい!
「これで、あんたに知られないで会話できるわね」
「え、えぇ…俺仲間外れか…」
「当たり前でしょ、女子の会話なんだから」
「あ、マスターさん、ワイヤレスイヤホンってありますか?」
「あるよ」
充電していたイヤホンを紅葉に渡す。
「少し失礼します」
そして、ケースからイヤホンの片耳だけ取り出して握る。
少し経って紅葉の手が開くと、イヤホンに紅葉と同じスタンバイシンボルが付いていた。
「これでマスターさんもプライベートネットワークに接続できます」
「おぉ!やったぁ!」
「ですけど…」
イヤホンをケースに戻したはいいが、俺に渡してくれない。
「今渡すのは遠慮したいです」
「え、なんで」
「ひ、必要な時で良いですよ…ね?」
「でも会話聞きたいし…」
すると、カンナが立ち上がって、
「ちょっと!女子の会話になんであんたみたいな男子が入ろうとしてるわけ?乙女には乙女の秘密があるのよ!」
「そ、そうです!いくらマスターとはいえ離せないことはいっぱいあるんですよ?」
カンナとモモイが紅葉に加勢するように俺に攻撃してくる。
「じゃ、じゃあいいよ…」
あぁ~楽しみだったのになぁ~。
「では、これは必要な時にお渡ししますね」
「でも、必要な時っていつなの?」
「あ……あぁ…それについてもお話ししなくちゃですね…」
紅葉の声のトーンが急激に落ちる。
「マスターさん。落ち着いて聞いてください」
一瞬にしてその場にいる感覚が変わった。温かみのあった空気も、紅葉としていた自分のテンションも。全てが急降下して普通、いやそれよりも下に下がり始めていた。
「私がマスターさんたちを襲った理由については既にわかっていると思います。モモイさんとカンナさんを回収するためです。そして、その命令は私の元マスター、前のマスターから受けた任務です。その元マスターがこれからどんな判断をするかははっきりとはわかりません。ですが、これだけは言えます。
マスターさんはこれから狙われ続け、殺されそうになります」
その一言で俺の背筋がどんなに凍ったか。狙われ続ける。殺され続ける。それをより信憑性の高い声で告げられているのだ。
「その話は今はやめておきませんか?」
「紅葉、続けて」
モモイの焦るような声をはねのける様にカンナが紅葉に言う。
「人間、ドローン、戦闘オートマタ、考えられるすべての武器でマスターを狙い、モモイさん達を回収に来るでしょう。私も破壊されていないとバレてしまったら回収、破壊に来ると思います」
考えてみればそりゃそうだった。その事実は頭の隅でひそかに眠っていた。それを少しの間寝かしつけていただけ。この世に存在している事実であり必然であることには変わりないのだ。
「正直、新入りでついさっきまでその張本人であり敵だった私が言うのは場違いで失礼だとは思っています。ですが、マスターさんに尽くし、心配するものとして言わせてください」
少し多めに間をとって言った。
マスターさんは私達をここに置いていていいんですか?
私
カンナもモモイも暗く沈んだ表情だった。そして、俺から目を逸らしていた。
「マスターの命と私達。人間のマスターさんと作られた私では価値も重要さも優先度も、その差は圧倒的です。まだ遅くないです。戻ることもできます………それでも、私達を手放さないんですか?」
紅葉は覚悟を決めていたようで、俺の目を真剣に見つめていた。
三人を気遣った発言も自分を案じている俺にはできなかった。かといって、三人を見捨てるような発言をすることもできなかった。だから、俺は素直な思いを伝えた。
「俺も怖いよ。冗談抜きでまずい事に巻き込まれたっていうのはわかるしわかってた。できることならこの件からは抜け出したいし逃げ出したい。」
けど…けれど…、
「けれども、俺にも守るべきものができたんだ。俺にはモモイとカンナと紅葉っていう存在がいて、俺はその大切な存在を守るためなら命を張る覚悟はできているよ」
続きを口に出すのには一歩踏み出す勇気が必要だった。その一歩は俺のこれからを決める分かれ道への一歩。それでも、俺は最初からどっちに行くかは決めていた。だから、少しの勇気で一歩前へと踏み出した。
「だから、俺が死ぬまでここにいてよ」
必然的に三人を救う言葉になっただろう。けど、三人の顔はちっとも明るくならなかったしほっとするような仕草も見せなかった。
けど、モモイの頬には雫の伝う跡が一筋ついていて、カンナも感極まったような顔で俺を見つめていた。紅葉は強張っていた方の力がだんだんと抜けていっていた。
「マスター、ありがとうございます…」
モモイが初めて見せた涙に俺は何故だか心惹かれる思いがした。大切に思ってるが故なのか儚く見えた、尊く思った。少し心を揺さぶったらすぐに器から零れ落ちてしまいそうなほど。
あぁ、そっか。
何故なのかなんて思ったけど、答えはもう自分で言っていたな。
「三人はただの機械なんかじゃない。〝心〟を持っていてそれを大切にされるべきなんだよ」
俺が微笑みながら優しく言ったら、モモイが涙を拭く。もっと泣かせてしまった。
…優しく言ったつもりだったんだけどなぁ。
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