第9話 おいしいと言ってもらえる幸せ【夢の世界】

 猫、やっぱりいいな。可愛い。

 飼いたいけど、うちペット禁止なんだよね。


 ――あ、そうだ。

 せっかくだし、さっき食べたあのブックパイっていうの作ってみようかな?


 冷蔵庫を開けたら、材料は一通り揃っていた。

 鍋に蜂蜜ミルクが少し余ってるし、これも入れちゃおう。


「猫さんは食べられないものはありますか?」

「玉ねぎとチョコレートは避けてもらえると有難い。が、私は猫ではなく猫人族なので、それ以外は問題ない」

「あ、そっか。猫って玉ねぎダメなんですよね」


 そういえば普通の猫にはスパイス類もよくなかった気がするが、目の前にいる猫人族にはそこまでの制限はないらしい。

 私は別な鍋に油とクミンシードを入れて熱し、玉ねぎ代わりの甘み要員として切り干し大根を刻んだものを炒める。


 油がまわったらトマト缶、にんにく、生姜を加えてさらに炒め、カレー粉とコンソメ、ガラムマサラ、塩を加えてゆるいペースト状になるまでさらに加熱していく。

 部屋の中に、一気にカレーの香りが充満する。いい匂い!


 あとは水、残っている蜂蜜ミルク、鱈、ローリエを加えて煮込めば完成だ。

 本来はサラサラ系のカレーとして作ることが多い組み合わせだが、パイの具として使うため、今回は水分少なめで作ってみた。


 パイ生地は1から作ると時間かかるし、今回はパイシートを使おう。

 猫、おなか空いてるって言ってたし。


 オーブンを予熱しつつ、横長に切ったパイシートの左側に、枠のような形に切った生地を重ねる。

 そしてその枠の中に先ほど作ったカレーを入れ、折りたたんで封をする。

 あとはオーブンで焼けば――



 ――できたあっ! 完成っ!

 これはなかなかいい出来なんじゃない?


 焼きあがったブックパイは、バターの芳醇さとスパイスの入り混じったいい香りを漂わせている。

 あの読めないタイトルは再現できなかったが、お皿に移したパイは、お店で見たものと遜色ないように思える。


「どうぞ召し上がってください」

「! こ、これは?」

「鱈カレーのブックパイです。あ、本の形のパイなんですけど」

「なんと素晴らしい。こんな豪華な食事、本当にいただいても?」

「もちろんです。猫さんのために作ったんですよ」

「そうか。ではいただくとしよう」


 猫はナイフとフォークを器用に使い、サクサクとパイを切っていく。

 そして口に運ぶと、驚いた表情を浮かべた。


「このふわふわほろほろとした食感は魚か! これはうまい! この黄色いスープも、最初はまろやかな味なのにあとからスパイスがしっかり主張してくる絶妙な味わいだ。食べた傍から、体がもっともっとと催促してくるようだ。止まらん」

「魚は鱈、スープはカレーっていうんですよ。カレーには、先ほどの蜂蜜ミルクを加えてみました」


 こうして作った料理を誰かに食べてもらうの、いつぶりだろう?

 しかもこんなに喜んでくれるなんて。


「こんなにうまいものは初めて食べたよ。どこの猫人族とも分からない私にこんなにうまいものを振る舞ってくれるなんて、君はとても優しい人なのだな」

「そんな! ちょうど料理がしたいと思ってたんです。……でも、ありがとうございます」


 仕事では怒られてばかりで、褒めてくれる人なんて誰もいない。

 次々と出世していく同僚たちを横目に、自分はなんてダメな人間なんだと完全に自信をなくしていた。


 だから猫の言葉が嬉しくて、思わず涙が溢れてしまった。


「ど、どうしたのだ。何か失礼をしてしまっただろうか」

「いえ。ちょっといろいろあって自信をなくしていて、だからこうして認めてもらえたのが嬉しくて」

「……そうか。人も猫も、他の誰かの全てを知ることはできない。君には間違いなく魅力がある。もっと自信を持っていいと思うぞ」


 ああもう、猫に泣かされるって何なのこの世界。

 でも嬉しい。


 いろいろ嫌になって諦めかけてたけど、もう少し頑張ってみるのもいいかもしれない。

 私は私にできることをやっていこう。

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