第2話 パイを生み出す謎スキルを習得した

「な、何これ?」

「これは【ブックパイ】にゃ! いいから食べるにゃ」

「ええ……」


 こんな怪しいもの正直食べたくない。

 ……はずなのに。

 私は不思議なくらいそのブックパイとやらに惹きつけられていた。


 そして半分無意識の中、いつの間にか用意されていたナイフとフォークを手に取り、ブックパイの端にナイフを入れる。

 パイが切れるサクサクという音とともに中からとろりと白いものが姿を見せ、その滑らかかつ芳醇な香りで食欲と鼻腔を一層刺激してくる。


「……ホワイトソース?」

「正解にゃ。シチュー入りブックパイにゃ」


 切った断面からは、鶏肉や玉ねぎ、にんじんなどの食材も顔を覗かせている。

 おいしそう……。


 私は我慢できなくなり、そのまま切ったパイをフォークに刺して口へと運んだ。


 まずは一口。

 サクッと薄く軽いパイ生地の食感が口の中に伝わり、バターの香りが鼻を抜ける。

 そして芳醇な味わいと程よい塩気、それから小麦と卵の素朴なおいしさが私の食欲を強烈に刺激した。


 ――おいしいいいいいいいいいい!!!

まだパイ生地しか食べてないのに何これ!?


 私は口の中に広がる幸せに追い立てられるように、二口目を口に運ぶ。

 先ほどのパイ生地に、ホワイトシチューの濃厚でコク深いミルキーな味わいが絡み合う。

 そのあまりの幸福感に、思わず溶けてしまいそうに――


 ◇ ◇ ◇


 気がつくと、私はなぜか見知らぬ図書館のような場所にいた。

 全体が白で統一されているその空間は天井が高く、見渡す限り壁が本で埋め尽くされている。


 ――こ、ここはいったい!?

 私、モフに言われるまま部屋でブックパイを食べてたはずなんだけど。

 こんな場所知らないし、来た覚えもない。


「ようこそ【ライブラリー】へ」

「……モフ!?」


 モフは、壁の棚とは別に室内にいくつも並んでいる、背の高い本棚に座りこちらを見ていた。


「そんなとこに登っちゃだめでしょ! 危ないから降りなさい!」

「に、にゃあ……ごめんなさいにゃ」


 モフは大人しく棚から降り。そして再び。


「ようこそ【ライブラリー】へ」

「……あ、うん。それでここはいったい何なの?」

「……にゃあ」


 第一声に失敗したせいか、モフはしょんぼりしてしまった。


「ご、ごめんモフ」

「……まぁいいにゃ。今から凛にスキルを授けるにゃ」

「スキルってそんな、異世界転生じゃないんだから……。え、それとも私、どこかに転生したの!? でもじゃあ星宮書店は――」

「安心するにゃ。転生はしてないにゃ。スキルの修得が終わったら、星宮書店に帰るにゃ」

「そ、そう。ならいいけど」


 もう、変なことばかりが起こりすぎて頭が追い付いてこない。

 もはや半分どうにでもなーれな心境だ。


「説明を続けるにゃ。モフは本を司る神様の遣いなのにゃ」

「本を司る神様の遣い」

「そうにゃ。神様が、凛に星宮書店を守るためのスキルを授けるとおっしゃったのにゃ。それじゃあいくにゃ!」

「え、待って、いくって何――」


 モフは私の言葉を無視して、私に向かって手を伸ばす。

 そして――


「本を愛するこの者に救済を。スキル【ギフト】!」

「!?」


 モフがそう唱えると、何か温かい光のようなものに包まれた。気がした。

 しかし5秒もすると、何事もなかったかのように光は消えてしまう。


「え、もしかして失敗した? 大丈夫?」

「失敗なんてしてないにゃ! これで【ギフト】完了にゃ! 凛もスキル【ブックパイ】が使えるようになったのにゃ」

「え、ええと……?」


 これまでに結構な数の転生モノを読んできたし、いろんなスキルも目にしてきた。

 でも、そんなスキルは聞いたことがない。


「本型の特別なパイにゃ。さっき凛が食べたやつにゃ。凛もあれを生み出すことができるようになったのにゃ」

「ごめんちょっと何言ってるか分からないにゃ」


 動揺のあまり語尾がうつってしまった。


「に、にゃあ……」

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