第36話 よく喋る男

  広々としたダイニングルームでジルベールと2人、向い合せで食べる夕食―


「リディア、今日は変な事言ってごめんよ?」


フライドポテトを口にしながらジルベールが声を掛けてきた。


「変な事?」


一体どの事を言っているのだろう?ジルベールは変な事ばかり言っているので、どの事を指しているのか分からない。


「変な事ってあれかしら?いきなり物乞いの様な身なりで愛人を連れて図々しく領地に帰って来たこと?此方は忙しいのに領地に着いてきたこと?それとも無銭飲食をした事かしら?」


「う…た、確かにそれらは僕にとって耳が痛い話だけどさ…そうじゃないよ。ほら、食事のことについてだよ」


「食事…?」


「そう、食事。ほら、リディアに言っただろう?以前に比べると全体的に料理の質が落ちているんじゃないかって?」


「ああ、あの事ね」


チキンステーキをカットしながら私は返事をした。


「そう、そのことなんだけどね…今夜の食事で驚いたよ。確かに食材は平凡かもしれないけど…今までにない斬新な味付けや料理でとても感動しているよ。僕が今食べているこのポテトだって、スパイシーで後を引く味だよ。これも新しシェフの考案した料理なのかい?」


「いえ、違うわ。最近クレメンス家で栽培しているハーブのお陰よ。色々な香辛料の素なるハーブを栽培しているから」


ジルベールの顔を見ながらの食事は胃もたれを起こしそうなので、視線を合わせずに答える。


「へぇ~…そうなんだ。リディアは真面目なんだね。真面目なのもいいけどさ…でもね、たまには息抜きも必要だよ。と言うわけだから明日は僕と何処かへ遊びに行こうよ」


「…は?」


その言葉に耳を疑い、思わずジルベールを凝視してしまった。


「今…何と言ったの?」


「え?僕と何処かへ遊びに行こうって言ったんだけど?デートの誘いだよ。考えてみれば今迄一度もリディアとは出掛けたことが無かったよね?でもこれからは一緒に色々な所へ出掛けられるよ。何と言ってもあの悪女を追い出したからね」


悪女…?愛人の事を言っているのだろうか?呆気に取られて黙っていると、ジルベールが勢いづいて話し始めた。


「リディア、聞いてくれよ。本当にイザベラは悪女だったんだよ?ここに住んでいた時はまさか彼女があんな女だとは思わなかったよ。やはりお金が無くなると人って変わるものなんだね?可愛らしい女性だと思っていたのにさ~幻滅だよ。彼女はね、本当に自分の事しか考えていないんだよ?僕が隠し持っていた食料を勝手に食べてしまったし、僕の隠し持っていたお金だって奪ってしまうんだから」


「…」


私は勝手にジルベールに話をさせて、無言で食事を食べ続けた。ジルベールのくだらない話も後少し…フレデリックが戻って来るまでの我慢だ。



「食事も終わった事だし、私は部屋に戻るわ」


ガタンと席を立つと一応ジルベールに声を掛けた。


「え?もう行ってしまうのかい?これから2人でワインを飲もうと思っていたのに」


「…いらないわ。ごゆっくり」


「う、うん…また後でね」


ジルベールの言葉に返事もせずに私はダイニングルームを後にした。それにしても…彼は知らない。もうこの屋敷にワインの貯蔵は1本も無いという事を。何しろジルベールが所有していたワインは全てお金に換金してしまったからだ。


「また後で文句を言ってくるかしら…」


私はため息をついた。


そして私の予想通り、ジルベールは私の所へやってきた。


私が予想していた事とは全く違う理由で―。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る