22分間で恋を進める方法は
佳月まる
第1話 奇跡の出会いはハプニング
都会から少し離れたベットタウンの街に私は育った。
自宅の最寄り駅から学校までは私鉄と地下鉄を使う。
私鉄の電車は毎朝7時41分発。
長い沿線で有名なその電車はいつも溢れんばかりの満員電車。
乗り込むと言うより、押し入ると表現した方が正しいような乗車率の高い電車で毎日通学していた。
中の下の高校を卒業した私は、トリマーさんになりたくて、専門学校へ進学。
隣の都市の大都会のド真ん中にある専門学校へ毎朝通学することになった。
比較的真面目に生きてきた私は、高校を卒業してから髪を染め、ピアスを開け、プチプラコスメにハマった。
地元の友だちに「七桜、可愛くなったね」と言われるのが今の最高の喜び。
高校デビューならぬ専門学校デビューを果たしたのだ。
黒板を眺める勉強から開放されて、毎日夢を叶えるための学びに喜びを感じていた。
ただ一つ、苦痛なのは朝の通学通勤ラッシュ。
乗車率150%の車内の滞在時間は22分。
それさえなければ毎日がパラダイスなのに…
今日もそんな風に思いながら、最寄り駅に到着。
大体電車がホームに入ってくる1分前に、ホームのいつもの場所のいつもの列に並ぶ。
先頭車両の前から2番目の扉の乗口。
それがいつもの場所だった。
私鉄から地下鉄に乗り換える時の経路に都合がいいからだ。
専門学校に入学して早数ヶ月、いつものルーティンは出来上がっていた。
憂鬱の満員電車が、恋する満員電車に変わったのは突然だった。
残暑が残る9月。
ホームに入ってきた電車。
最後尾に並んでいた私は、いつものようにそこから電車の停車と扉が開く瞬間を見届けた。
乗り換えをする人なんてほぼ居なくて、少しの隙間しかない人でいっぱいの車両の空間に、さっきまで前に並んでいた数名が押し入って行く。
私もその後に続く。
前に並んでいた父親母親世代の人や同世代の男女が、ドアが開いたと同時に人まとまりで押し入る。
すぐに発車のアナウンスと共に発射合図が鳴る。
肩掛け鞄を前に抱くようにして乗り込み、間もなく扉が閉まる。
扉が閉まると乗り込めたことに安堵するも、いつもと様子が違った。
うん?何だか引っ張られてる感覚。
デニムスカートの裾が、扉に挟まっていた。
何たる失態。
数ヶ月満員電車に乗り続けてきたのに、初めての失態だった。
パニックになりかけ、どうしたらいいかわからない私。
電車が動き出したことで、余計に気が動転する。
次の駅に停車するのは22分後。
しかも反対の扉。
そこでおよそ半数の人が降りていく。
恥ずかし過ぎる失態に、焦っていた時だった。
「引っ張ろうか?」
頭上から声がして見上げると、同い年くらいの男性が私を見ていた。
「引っ張って大丈夫?」
その問い掛けに、私は小刻みに何度も頷く。
彼は満員電車の中、扉のガラス窓に片手をついて、反対の手で私のスカートの裾を何度か挑戦して引っ張り出してくれた。
「あっ…ありがとうございますっ」
恥ずかしいのと緊張したのとで、真っ赤になって必死でお礼だけを言った。
彼は優しく微笑んで頷いてくれた。
何か話そうも肩や腕なんかが接触する満員電車の中、距離感が近すぎて緊張する。
次第に満員の車内でも、カーブや少しの揺れで人は動き、少し離れてしまった。
そして、次の駅につくと、反対側の扉が開き、およそ半数の人が乗り換えのために群れて出ていく。
その中に、さっきの彼の姿もあった。
それだけは見逃さなかった。
少し空いた車内で、私はやっと上手く呼吸が出来た。
それまで心臓が鼓動して上手く息が出来なかったからだ。
助けて貰ったスカートを下を向いて見たら、体温が上がるのがわかった。
今までの人生で一番長い22分を経験した朝だった。
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