閃光のような鮮やかな爆発への憧れ
清泪(せいな)
三十代から健康と仕事の話題が増える
マンションから出てきた
那谷は中を覗き運転席に座る
「悪いな、タクシーみたいな事してもらって」
「悪いと思うなら早く免許取得しろよな」
悪態をつく和佐に笑って返して、那谷はドアを閉めシートベルトを絞めた。
それを確認すると和佐は車を発進させた。
「今日はたまたまオレの次の現場が近いからついでに乗せてやるものの、お前日頃どうやって現場に向かってんだ?」
「え、ああ、電車とかバスとか交通機関使ってだけど。ああ、たまに徒歩とか走ったりしてたりもするな。この歳になるとちょっと健康の事とか考えちゃうよな」
三十代半ばになってみて那谷はつくづく年齢というものを感じていた。
二十代の頃にはいつまでも二十歳が続いている錯覚が微かにあって、体力面でも精神面でも多少の無茶は効いたものだ。
今は無茶をしようと一度決心したりして一旦踏みとどまらないといけない自分に歳を感じてしまう。
「健康の事を考えるなら、そうやって現場に向かうまでの浪費や疲労が車だと減少される事を考えろよな。それに仕事中だって車は必要だろ、それはどうしてるんだ?」
和佐はそう言いながら、ハンドルから右手を離し自身の左胸の辺りをまさぐり出した。
Yシャツの胸のポケットには、煙草の箱が入っていた。
クールなメンソール。
コンビニのレジ横で売っていた新商品だ。
和佐にはお気に入りの煙草の銘柄があるのだが、新商品を見るとついつい手にとってしまいたくなる。
例えそれがパッケージを変えただけの商品でも、そのパッケージが欲しくなってしまうのだった。
那谷は煙草を吸わないので、和佐が吸おうとしているクールタイプの煙草というものの意義がよくわからなかった。
熱いなら吸うなよ、と夏場に喫煙コーナーで汗だくで煙草を吸う者を見る度に思っていた。
クールだ、メンソールだと冷やしにかかるぐらいなら1シーズンぐらい我慢したらいいだろう、と那谷は思う。
「車が必要無い仕事が回ってくるのさ、そこらへんは会社に頼んでるよ」
「なんだそりゃ、えらく優遇されてるもんだな。まぁ会社側の本音としちゃ、お前には早いとこ免許取得して欲しいんだろうがな」
煙草を一本くわえた和佐は、今度はズボンのポケットから百円ライターを取り出し煙草に火をつけた。
煙たいのは我慢しろよ、と那谷が煙草を吸わないのを知っていて笑っていた。
運転手である和佐を咎める訳にもいかず那谷には、わかってるよ、とだけ返事した。
それは煙草の件と運転免許の取得の件を合わせての返事だった。
和佐の横顔を見るともみあげにうっすらと白髪が生えてるのが気になった。
同僚で同期で同年齢の那谷と和佐。
同じ様にポマードで固めたオールバックの黒髪に白髪が混じる年齢になったのを那谷は、和佐を見て実感している。
社訓に従った自身らの身なりは、まるで鏡を見ているようで、まるで複製品のようだ。
「優遇っていやぁ、うちの会社は運転免許さえ取得すれば車は支給されるってのに、なんでお前は未だに取得しようとしないんだ?」
和佐は煙を吐きながら言う。
その煙に那谷はむせそうになるものの我慢した。
クールだ、メンソールだと謳ったところで煙は煙でしかなく煙たいのだなと、那谷は思った。
若い頃に、それこそ法律上吸ってはいけない年齢の頃に、やんちゃな同級生に強要されて吸わされた記憶を思いだす。
煙草の煙を吸う度に嫌で苦い思い出が思い出される。
モノクロの記憶がフルカラーになりつつある。
「何故かって言われてもな。そうだなぁ、タイミングを逃したんだな。二十代で取っておけば、こうやってズルズルとはなってなかったかもしれないな」
那谷は言葉を出すことで、嫌な思い出を振り払うことにした。
いつまでも子供の頃の思い出をトラウマとして抱え続けるのも情けない話だと自嘲した。
自嘲している那谷に気づいているのかいないのか、和佐も笑っていた。
和佐はよく笑う男だ。
新入社員なりたてのまだ交流を持っていない頃には、そのよく笑う姿が馬鹿に見えたり、逆に人を馬鹿にしてるように見えたりした。
もちろん和佐の笑いには嫌味はなく、馬鹿というわけでもない。
和佐はコミュニケーションの手段として笑うことを多用しているのだと、那谷は交流を持って暫くしてから本人の口から聞いた。
飲みの席であったので、よく笑う様を指摘された恥ずかしさからの誤魔化しだったのかもしれないが。
「免許を取得しにいくタイミングなんて、取りたい時、必要な時だろ? オレにあーだこーだ言われてる今だって、そのタイミングなんじゃないのか?」
「そう言えばそうなんだが。取りたいとか必要だって思わなくなってきたんだよ、免許が無いことにあまり不自由していないからな。正直、今こうして和佐に言われてるのも、うんうん頷いて事なく済ますつもりさ」
「うんうん頷いちゃいないし。そういうのって正直に言うもんかねぇ」
このやりとりは無駄だ、と言ってるようなものだ。
和佐は相変わらずの那谷のマイペースさに笑うのを忘れて呆れていた。
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