第525話 世界の意志と未来、その覇権をかけて翔べ


『この光景は……なんだ』


 荘重そうちょうなる男の声音が世界に木霊こだまする――

 世界に屹立きつりつした超大なるは、遠くの山々を踏み、雲間を貫いて大地を見下ろしていった。燦然さんぜんに過ぎる光明の集合体からは、漠然としたシルエットのみが分かるに留まるが、“”が二人を見下ろしている事だけは確かに分かる。

 天上から降り注ぐ紛れもないまでの迫力に、ダルフと鴉紋が踏み堪えていると、世界が嘆く様にまた震え始めた。


『エデンが崩壊している。……番人を押し退け、セフィラも破壊され、ミハイルが死に絶え……あろう事か、我が化身であるクロンとコルカノさえが退けられた』


 光の声音はそこで変わり、次の瞬間には、明確なまでの怒気が殺意となって二人へと差し向けられた。


『眼下には……絶対の制約を足蹴にした羽虫が二匹……! そこに蛇の影さえが失せているというのに』


 “神の意志”とやらの絶対概念が、彼等のを決定したその瞬間だった。人類の背は縮み上がり、その肝を極寒に晒したかの様な恐怖に見舞われた。


『何故だ、この結末はあり得なかった筈だ。私は人が神へと至れぬよう、人類をあらゆる呪縛で縛り上げた』


 打ち震えていくその語気に、山が爆ぜて大地が割れる。大気が逆巻き自然を蹂躙じゅうりんしていく。するとダルフは、遠くに起こった巨大なに気付いて声を上げた。


「あれは……」


 地平に向かって凝視された瞳が、全方位より迫り来ている影の正体を見定める――


「ッ!! ――海が襲い来ている!!」

「なんだと!? これ全部が海だって言うのか、こっからどれだけ離れてると……いや待て、ってぇ事は――!!」

「早くヤハウェを蹴散らさなければ、この大陸ごと海の藻屑もくずと化す――」

「な……っ!」


 ここからでも視認出来る大波。大陸を包囲した果て度もない海原がこのまま押し寄せれば、地上の全ては無に変えられてしまうであろう。

 流石に面食らった様子の鴉紋とダルフへと、ヤハウェは猛々しく荒ぶりながら、大地を踏み締める。

 そして神は、下々に課したというについて語り始めた。その決断は決して過不足していなかったと、己自身へと釈明するかの様に。


『全人類が私に畏怖いふを抱くよう組み込んだ遺伝子へのくさび。吹けば飛ぶような弱き体に短き命!

 ――そして何より、“”へと手を伸ばせぬ様に、ミハイルという“天魔”を永遠の管理者として生命の樹の護り手とした! 異分子は、エデンの番人に徹底的に排除を命じた!!』


 ヤハウェが荒々しく大手を振り上げると、空の全てが共鳴して爆裂的なを放ち始めた。それはまるで、地球という惑星に突如、衝突寸前の太陽が現れたかの様に、灼熱を発して大地をジリジリと焼き始めた。


「おい……! ッこの熱はまずいぞ!」

「世界の全てが、神の手によって焦土しょうどに変えられようとしているのか!?」


 ――さらに、世界震撼し災厄を巻き起こす怒号が、ビリビリと二人の耳を痺れさせる!



『――――――であるのにッッッ!!!!!!!』 



 云うなれば、丹精込めて創り上げていた砂の城を、途中で踏み潰され癇癪かんしゃくを起こした子供の様に、その声は直情的な怒りに満ちて続けられた――


『いま私に相対しているのは、“天魔”でも“獄魔”でもなく――力なき二匹の“”だッッ!!』


 しかと見下ろされた神の眼光――その覇気に当てられながら……


「クッククク……!」


 鴉紋は勝気に顎を上げて舌を舐めずり、


「この状況で笑えるお前が理解出来ないな……」


 ダルフは水平にフランベルジュを斬り放ち、鋭い視線を上げていった。


を食い潰した咎人とがにんよ。神になろうと目論む不届き者よ……!! 私の意志こそ世界の意志、銀河の決定! この摂理に抗う者は――皆すべからくであると知れッッ!!!』


 不敬ふけい極まる挑発的な顔を上げ、鴉紋は笑う――


「クッハハハ、悪タレだと。言われてるぜダルフ!」

「世界の……意志など無い」

「あ?」


 輝かしき星空を瞳に映し込み、ダルフの眼光は神さえ射抜いていった――!


「人々を導くのは誰かの意志じゃない。俺たちに出来ることは、こうあって欲しいというを、示す事だけだッ!」

「ぁ…………」

「決めるのはお前の意志じゃない。が未来を決定するんだ!」


 ……何やら、人知れずに髪をざわめかせていた鴉紋の表情は、かき混ざる毛髪に隠れて誰にも見えなかった。

 だが、鴉紋は笑う――


「……ふ……くっく」


 徹底的に悪党であるがまま、乱れる髪を掻き、不敵に……。


「黙れ! だったら俺がテメェら二人ともブッ殺してぇ、として、理想の世界を叶えてやる!」


 やはり分かり合えず、睨み合う鴉紋とダルフ……

 三つ巴となった三者の意志――


『小さき者と語る言葉など無い』


「気合い入れろダルフッ!!!」

「お前に言われずとも、とっくに滾っている――!!」


 ――だが空に、同時に瞬く!!


 計二十四ともなった白と黒の翼が、いま神へと向かって飛翔する――

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