第414話 奴隷騎士


「ぐっふふふ、行った筈だぞフロンスよ、私の構えたこの布陣は完全無欠であると」


 金色の杖を振り払った精悍せいかんなるシャルルの目前で、肉を膨張した化物はその巨体を内から破裂させる様にして砕け飛んだ――


「マズイ、フロンスさん!!」


 “親愛王”としての大王の振るった、呆気に取られるしか無い底力を目撃したクレイスは、驚嘆しながら顔を青褪めさせていく。

 木っ端となって爆ぜたフロンスのガラスの体――それはキラキラと陽光に輝く粒子の様に飛び散ったかと思えば、シャルルの“球”より脱したその瞬間より、惨たらしい血と臓物の飛散に変わる。


「ここぞと、勝負に出たのですが……一本……取られ……ましたシャルルさ……」

「まだ生きている〜〜、再び蘇って私に刃を向けるその前に〜、その身を砂の様に細かく砕いてやる〜」

「困り、まし……も……う魔力、が……」


 頭蓋と上体、そして右腕だけの姿でボソボソと口を開いたフロンスが、すっかりと背を曲げながら“狂気王”へと立ち返ったシャルルに鉄棒で小突かれる――


「ヤバイぞクレイス! フロンスさんが粉々にされる!」


 顔面一杯に憤慨のシワを刻み込んだグラディエーターがクレイスへとそう告げた。

 恐らく、先程のサハトとの同化でほとんどの魔力を放出してしまったフロンスは、体を再生する事も叶わずに鉄棒の殴打によって細かく砕かれていく。


「粉々になってしまえば幾ら『超再生』でも元の姿へと戻れる保証が無い! 魔力となる人間は僅かに残るが、それを喰らう口元さえ残らなければフロンスさんは魔力を補給出来ずに朽ち果てるぞ!」

「だが、あの狂った王へどう接近すればいい……! 奴の潜在能力は俺達の予想を遥か上回っている!」


 困惑したグラディエーターの群れ……その最中より、一人の男が果敢に“球”へと飛び込んでいた――


「クレイス!?」

「馬鹿お前、そんなに高く飛び上がったら着地はどうするんだ!」

「“球”へと立ち入ればその身がガラスになる事を忘れたのかクレイス!」


 高く飛び上がり猛吹雪の中へと侵入していったクレイス。やがて彼は、シャルルの前へと凄まじい物音を立てて着地していた――

 各々に苦い反応を見せ、額に手をやるグラディエーター達。


「馬鹿クレイス……っ! そんな無策で突っ込んでいく奴が――」

「――いや、待て! 割れてないぞ!!」


 物凄い着地の衝撃を立てた事で、そのガラスの足元を砕き割ったと思われたクレイス。だが彼はピキリと下肢に亀裂を走らせながらも、その太い脚で確かに地に自立しているのだった。


「……っ新手〜〜ッ次から次に〜私の命を狙う下郎が〜ッッ!」


 シャルルはもう胸と頭と右腕だけになってしまったフロンスより視線を外し、無謀にも自らのテリトリーへと侵入を果たした剣闘士を認める。


「馬鹿め〜〜低脳め〜、私に砕き割られに来たか〜、もう貴様達は何をしようと無駄であると理解出来ぬか〜」

「…………」

「ん〜〜……?」


 その時になってようやく、シャルルは目前の男よりほとばしる激しい気迫に気が付いた。

 憤激したクレイスの筋肉がミシミシと音を立て、その身をガラスと変じながら僅かにも臆する事が無い。やがて彼の怒らせた肩から赤き灼熱の妖気が空へと上り、そこに内包する“気骨”を覗かせた――


「この奴隷めが〜、大王シャルル6世へと向けるその反逆の赤き眼差し〜〜、粉々に砕いて後悔させてやる〜」


 “球”の内部を吹き荒れるガラスの嵐が、無数の鋭利を形成してクレイスへと差し向けられた。


「ぬぅぁ――?!」


 激しい“憎悪”を秘めた赤き眼光が、不敵に歪んでいたシャルルを怯ませていた。

 そしてクレイスの身に紅き血の鎧が纏われ、その手には巨大なる血の朱槍が現れた――


「『スパルタクス』――ッッ!!」


 ――激しく逆巻き始めた危険な赤の闘志に気付き、ハッと息をしたシャルル。即座と老王は金色の杖を振り上げてガラスの槍を打ち放つ。


「『反骨の槍』――大薙ギィいい!!!」

「ぅあぁうあ〜〜、なんと〜ッ?!」


 迫る脅威を一凪にて振り払い、奴隷の戦士は血管を浮き上げながら激怒する。


「奴隷と呼びたくば好きにするが良い……」

「ぅうう〜〜っ」

「ただし我が赤目の同胞をここまで殺し尽くし、そしてナニよりもぉッッ! アァアモン様を狼藉ろうぜきした貴様ヲぉおおおお――ッッ!!」


 紅き朱槍振り乱し、クレイスは激しく歯牙を剥き出して咆哮する――


「死んでも砕き割ってくれる……震え上がる程完膚なきまでニィィ……憎き“人間”を燼滅じんめつするぅうぅぁッ――スベテは主が野望の為ッ!! 待っていてくだサイッッアァアアモンサマァァァァアア゛ッッ!!!!」

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