第341話 怖気づいた大王
*
同時刻――右方より岩山の上の修道院を目指すは、クレイスとフロンスの率いる東軍。彼等もまた2000の兵と魔物の群れを引き連れて、美しき岩山の都を進撃していた。
民の消えた閑散とした城下を歩きながら、フロンスは前方にひしめく男達を見やり、ため息混じりの息を吐いていた。
「はぁ……男、男、男、むさ苦しいばかりでむせ返りますね」
「ハッハ良いではないかフロンスさん! こんな所に女こどもが居てもらっては逆に困るぞ!」
「みんな身を潜めて俺達の帰りを待ってるっす。だからサッサとこんな戦争終わらせて帰るっすよフロンスさん。剣を振るうのなんて面倒くさいっすから」
フロンスと肩を並べたクレイスは目前のグラディエーター達と豪快に笑い、ポックはボンヤリと雨の降り出しそうな曇天の空を見上げていた。
「マッシュは元気でしょうか、ああ、きっと皆に可愛がられているでしょう……私も彼に包容したい……あっ、違うのですサハト! これは決してそういう意味では無くっ」
少年の姿を思い浮かべ何やら
「フ、フロンスさん……」
「それ怖いから辞めてくださいっす、フロンスさーん」
先の闘いで『超再生』の能力を取り込んだ彼は、形だけを再生し拍動を止めたままの心臓で……つまりは死人のままの姿で生き長らえていたが、かといって『超再生』によって肉が腐るでも無く、食物を取り込む事で魔力は循環させられる様である事から、以前と同じ様に生活していた。
「何がですがお二人共? 私は愛するサハトと交流しているだけではありませんか、彼とはやっと一つになれたのですから、ねぇサハト」
「く……こ、怖いぞ、フロンスさん」
「……ハッハッ全くサハトよ、何を言うかと思いきや、私と同じ様な事を言うのですねぇ、可愛いですねぇ〜」
「ぁ…………ぁあ……」
「もう駄目っすクレイス。突っ込むだけ無駄っすよ」
その動かなくなった心臓に向けて語り掛けるフロンスに、クレイスとポックは青褪めた顔を向け続けたが、元来サハトの事になると周りに目がいかなくなる彼がその事に気付く様子は無く、むしろ人生の絶頂機とでも言い出しそうな笑みを携えているのであった。
「あぁそれにしてもお腹が空きましたね。そこらに人間が一人くらい潜んでいませんか? もしくは早く敵さんに会いたいですねぇ、お腹が空いて堪らないです」
ただし彼の活動を支えるのは、絶えず混力を消費し続ける『超再生』があってこそであり、その結果フロンスは大食漢になってしまった様である。
「おお、いいぞフロンスさん、敵を求める士気や良し。同志達も滾っておる様だ!」
「やめて欲しいっすよフロンスさーん、闘いに消極的な仲間だと思っていたのに、途端に温度差感じて冷めるっすよ〜」
「え、何を言ってるんですか二人共。私はただ食事がしたいだけなんですが……でないとこの体がボロボロと腐り落ちていくのです」
「やっぱキモいっすフロンスさーん」
何やら緊張感の欠けた彼等であったが、歩いていくと直に、前方に隊列したロチアート達が声を上げ始めたのに気付く。
「何か物音がするぞ……これは10や20じゃ利かんぞ」
「あそこからっすよ、何故あんな奥まった……教会から?」
――前衛の兵達は、岩山に食い込んだ形で扉を構えた教会らしき建物を注視している様子である。
ニタリと笑ったフロンスを筆頭にして、クレイスとポックが得物を握り始める。
「早くも私の願いが叶ったのでしょうか? こんな戦乱の都に居るのですから、民という事は無いでしょう」
「来たか人間共、このクレイスがぐちゃぐちゃに踏み潰してくれよう!」
「あんな所に教会なんて、わざわざ岩山を削り取って作ったんすかね……それに、扉の横に待ち構えたあの彫像、この前のジャンヌ・ダルクとかいう女じゃ無いっすか?」
それぞれ臨戦態勢となっていくロチアートの兵のと魔物達。しかし人ひとりがようやく通れそうな門構えは小さく、スゴスゴと順番に立ち入っていくのも敵の前でははばかられる。
すると赤目の群れをかき分けて前へと出たクレイス。何をするかと思いきや、彼は薄ら笑いを浮かべながら兵を教会より下がらせ、自らがこれから
「クレイス、どうするっすか?」
「くはは、……人間共を前に、行儀良く入場する事もあるまい」
「ん……?」
クレイスは腰から抜いたグラディウスを頭上に振り上げていく。
「『反骨の槍』」
そのグラディウスに纏う様にして、半透明の白き大槍が姿を表していく。
「さぁ今こそ反逆の時であるぞお前達……散っていった仲間達……その積年の想いを、全て解き放つ時だ……」
クレイスが何度も槍を振り上げる。それに呼応する様にして地を強く踏み始めたグラディエーター達。地鳴りの度にサイズを大きくしていった半透明の槍が、クレイスの想いの強さに比例して、いま超大な槍と姿を変えて、その切っ先を教会へと差し向けた――
「積年のお礼参りに来たぞッ人間共ぉおお!!!」
放たれた巨大な杭が、豪快に教会の門を破壊して岩山へと突き刺さった――
ガラガラと崩れ去り、その内部を顕にしていった教会――意外にもその小さき門構えの内部は、増築を繰り返して広大になっている様子だった。
「うわぁあ、敵襲だ!」
「シャルル様、どうかお気を確かに、ロチアート達が襲撃に!」
そこに居たのは、シャルル率いる第18国家憲兵隊の1000にも登る騎士達の群れであった。何やら彼等は肩を寄せ合って、数多の彫像や青いステンドグラス、そして無数に揺らめくロウソクの明かりに囲まれている。
「来たぞ……人間共」
顔を強く力ませながら舌舐めずりをしたクレイス。彼を先頭にして瓦礫を踏んだ兵達が、曇天の下の路地より瓦解した教会の内部に視線を注ぎ始めた。
同時に、互いに剣を抜き始める鉄の擦れる音が後を絶たずに巻き起こっていく。
「ふむ、しかし……」
一触即発となった状況の中で顎に手をやったフロンスは前に出ると、恐々とした様子の1000の群れを眺めながら口を開き始めた。
「こんな所で貴方達は何を……?」
良く見ると、彼等は皆動揺した様子で顔を蒼白にしている。青きステンドグラスと彫像に囲まれた広き教会の中で、陣を組むでも無くただ一塊となったままなのである。
「どうでも良いっすよフロンスさん。体制の整う前にさっさと押し潰すっす」
「待って下さいポックさん……敵方の長、シャルル6世とオリヴィエ・ド・クリッソンの姿が見えません」
「ん……ぁ、あれ、アレじゃないっすか? 奥の天使の彫像の前に居る二人!」
見ると、兵達の後方に鎮座した巨大な天使ミハイル像の前で、二人の男が激しく揉めている様子である。怪訝な顔付きになったフロンスは、こんな状況で指揮を執る事もしない不可解な二人の初老に視線を注いでいった。
「あぁぁ〜嫌だぁ〜やはり戦争などしたくは無い……私に近寄るな〜!」
「バカシャルル! この期に及んで怖気づく奴があるか! それ見ろ、陣を組むでも地形を取るでも無いうちにロチアート共が殴り込んで来たでは無いか! バカ、このバカ!!」
銅像に縋り付く様に這いずり回る哀れな大王。それを追い立てる小柄な禿頭の男は、
「やめろ〜争いなど何も産まぬ〜私は静かな所でジッと余生を送りたいのだ〜戦いたくば好きにするが良いが、私はゴメンだ〜衝撃を受けたら体が割れてしまう〜!」
「先日は他の将と共に敵を見据えていたでは無いか! あの勇姿は何処に消えた!」
「あの時はジャンヌが居たから背すじがシャンとしたのだ〜今はせぬ、恐ろしい、帰りたい引き篭もりたい〜」
「その調子ではお前の狂気王などという不名誉な異名を払拭する事も出来ぬでは無いか! 親愛王と呼ばれたかつての志は消え失せたかシャルル、どうだ答えてみせろ!」
「失せている〜私は狂気王で良い〜どうせ狂っているのだから〜」
「なんだとこのバカ大王が!」
「やめろ、近寄るなクリッソン〜この禿頭め〜」
「ンなぁーっ言ったなこの狂った王め!」
何だか拍子抜けする様な珍妙な空気の二人。騎士達はどうすれば良いか分からずオロオロとするのみで、目前にまで差し迫った赤目の驚異に震えるだけであった。
「ふむ、そういう事ですか。まさかこの様な大隊を率いる隊長格がこの様子とは……」
思案げにするフロンスに皆が振り返っていくと、程無くして彼はニコリと笑った。
「今のうちに殺っちゃいましょうか」
「それが良いっすね」
「ハッハー、流石はフロンスさんだ! それでは……いくぞお前等ぁ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオ」」」
剣を振り上げるロチアート達、そして雪崩込んでいく魔物の群れが、統率を失った1000の騎士を狩りに打ち出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます