第51話 14時12分
2049年12月22日水曜日 14時12分 東京都千代田区 帝国ホテル地下駐車場
ケリーとリーカー、そして護衛二人に案内されて車に乗り込む。すると、黒い布を手渡される。
「分かるよね」
そう言われて、里井はすぐにそれを頭にかぶった。飯田もそれをみて、同じように被る。お察しの通り、目的地を悟られないためだ。そのまま車は動き出す。里井は暗闇の中、軽く耳元を叩く。
『……発信機は車に乗ってから機能してない。おそらくGPSの妨害電波が出されているんだろ、かなり用心しているな……悪いけど、二人が行く場所は追えない』
里井の合図を理解した北原が瞬時に情報を入れる。合図がない限り、無線は基本的に使わない。こういった緊迫した状態の場合、それが邪魔をする場合がある。得た情報は、里井にとって想定を大きく外れたものではなかった。
『孝太郎、もう一つだけ……やり取りの限りだけど、おそらく向こうは信じ切っているわけではないと思う。手錠がされていないのは救いだけど……もしかしたら消すための場所移動なのかもしれない。リーカーならやりかねないわ。用心して、本当に』
ウィリアムズの言葉を聞いて、里井は安堵する。自身の思惑がそれほどにずれていないことが確認できたからだ。考えを巡らせながら手を後ろに回し、腕時計のボタンを押して無線をオフにした。オフになったことは北原たちも当然分かる。そして里井は、もう一つあるボタンを押した。
車内は無言のまま、数十分走り続けて停車した。走っている時間からして、それほど遠くには行っていない。ドアが開き、視界が見えない状態のまま二人は車両が降りるのだった。
2049年12月22日水曜日 14時12分 神奈川県川崎市多摩区 兼修大学 五十嵐教授研究室
研究室には沢田が合流し、二人掛かりで調べを進めていた。沢田は例の研究のことを知らない。北里からは、あくまでも’書類整理’の名目で呼ばれたようだ。そう言われた来た沢田は、書類整理と言いつつ明らかに何かを探している北里の様子に気がついた。
「ねえ成美、何か探してる?」
北里は沢田に背を向けて作業していたため、急に思いがけない言葉を掛けられ思わず立ち上がった。一瞬の間で悩んでみたが、今更隠すことが得策とも思えなかった。
「……実は、探しものしてて」
「探しもの?」
「うん。五十嵐教授が秘密でやってた研究があるはずなんだけど、その資料がどこかにないかなって」
「秘密でやってた研究ねえ……」
北里にとって幸いだったのは、沢田には少し抜けたところがある点だ。あまり興味を示す様子はないが、心当たりを探すかのように天井を見つめる。すると、何かを思い出したのか手を叩き大きな音を出した。
「あるとしたら、隠し扉の中じゃない?」
沢田はそう言うと、研究室のテーブルの後ろにある掛け軸を外し、裏に隠れていた書棚の本を抜き始めた。北里はその存在すら知らなかったわけだが、沢田の迷いない行動のおかげで驚く間すら与えてもらえない。
本を抜き終わると手を棚の奥に入れ何かを操作している。”ガチャン”と大きな音を立てると本棚自体が扉のように開いた。
「祥子、聞いていい?……なんでそれ知ってるの?」
やっとその言葉が出てきた。沢田は平然とした顔でそれに答える。
「たまたま、開けてるの見たことがあって。教授、私に気づかず開け閉めしてたから、いけないとは思いつつその様子見てたんだよね。誰にも言うなって言われてたから言わなかっただけ」
「あ……そ……」
「私は開けるのも入るのも初めてだよ。たぶん、誰も開けたことないんじゃないかな」
そう言いながら中に入る。広いスペースではない。台座のような机があり、その上にはモノが置かれていた。
「……成美、これじゃない?」
北里は沢田と大学に入って以来の友人であるが、これほどまでに感謝したことは過去にない。そこにあったのは、五十嵐教授が自筆で書かれたと思われるノートとUSBメモリーであった。
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