第45話 11時56分、12時00分

2049年12月22日水曜日 11時56分 東京都千代田区 帝国ホテル 1001号室


「はいはい、ローラン、どうしたの。……そう、こっちに来るのね。ダイアナも?……構わないけど。それじゃあ、ラウンジでランチでもしようか」


 電話を切ると、リーカーは携帯電話を静かに机に置く。隣の部屋から、放置されたままの女性らが顔を出す。


「ダボス、続きしないの?」

「ずいぶんとカードにはまったようだねぇ……エミリー、ケイトと一緒にどこか出掛けてきなさい」

「ええ?何かあった?仕事?」

「そうだねえ。日本っていう国は、平和で安全だって聞いてきたんだけど。どうやら、そうでもないみたい。……これ使っていいから、夜までお出かけ、頼むよ」


 リーカーはそう言いながら、鞄から札束を取り出す。帯が付いてる束を2つエミリーと呼ばれている女性に渡した。


「分かったわ、ケイト、行くわよ」


 女性二人は、上着を羽織って渡された札束を鞄にしまい、部屋を後にする。リーカーはその姿を無言で見つめ、机の上の葉巻を手に取り、火をつけるのであった。


2049年12月22日水曜日 12時00分 東京都港区 東急REIホテル虎ノ門 505号室


 あるホテルの一室。テレビゲームに夢中となってる男の子の様子を、女性二人は机にある紅茶を啜りながら眺めていた。


「……休みなのに、ごめんなさいね」


 呟くように言ったのは野矢美佐子だ。不意を突かれた上村は、その声への反応が遅れた。


「あ、いえ……いいんです、特に予定もありませんでしたし……」

「あなた、里井さんから相当信頼されているのね」


 またも、上村にとっては予想しない話題であった。言葉に詰まっていると、野矢美佐子は続ける。


「里井さんは命の恩人……昨日、初めてお会いしたけど、只者じゃないことは私にもわかる。その里井さんが、あなたには事情を話していいって、おっしゃってたわ」


 昨日、里井は警視庁を出たあと、野矢親子と上村に合流していた。例の協力について説明するためだ。上村が離席しているとき、里井が話していたのだ。


「『色々口止めもしていますが、上村には、私と同等の情報を与えて構いません。彼女以外は、信用しないでください』ってね。恋仲には見えないけど、よほどの信頼関係があると伺えるわ……羨ましい限り……」


 野矢美佐子は呟くように話すため、語尾がゲームの音にかき消される。上村はゲームの画面を見ながら、それに答える。


「……私が言うのもあれですが、彼は優秀な捜査官です。ただ、若いですし、周りのサポートが無くては自由に動けない立場にいます。彼のサポートは、私にしかできない役目なんです」

「ふふ……関係を知らない私でも、なんとなくそんな気がするわ」


 野矢美佐子は笑みを溢す。昨日警視庁で聴取を行った時とは、まるで別人のようにリラックスしていた。


「こうして、私と優が自由にいられるのも、彼のおかげですもんね。言ってね、何でも協力するわ。それが、罪を償うことだとも思ってます」

「……分かりました」


 突然、野矢美佐子は表情を変えた。何かを思い出したのか。自身の行いを顧みたことで表れたものか。知る由はないが、捜査に協力することで得た今の状況には満足しているようだ。自由といっても、自宅には帰れず、捜査官が監視しているにも関わらず。上村は、罪の意識があることを、言葉以外のところから感じ取っていた。


「あの子、ゲーム始めると中々やめないから……里井さんにはお話したけどね。超記憶研究のこと、少し話した方がいいかしら」

「……お願いします」


 上村が返事したと同時に、急に野矢優が立ち上がる。


「お母さん、ご飯はいつ食べるの?」

「……もうこんな時間なのね。先にお昼にしましょうか」

「そうですね。希望を教えていただければ、私買ってきます」

「ええ、どこか食べに行かないの?」


 優は不満そうだ。野矢美佐子は立ち上がり、優の前で座る。


「分かっているでしょ。昨日あんなことがあったから、私たちは外に出たら危険なの。詩恩お姉さんが、美味しいご飯、買ってきてくれるわ」

「そうだね……じゃあお姉さん、僕ラーメンがいい!」


 上村はそのやり取りに、自然と表情が緩む。二人の境遇、置かれている状況は普通ではない。そして、里井がさらに複雑な状況に置かれていることを思い出す。上村は、心の中で彼の身を案じるのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る