第38話 20時2分、20時32分
2049年12月21日 火曜日 20時2分 東京都千代田区 警視庁 地下二階
SIIの「会議室」内。部屋にいるのは、里井、飯田、北原、ウィリアムズの4名だ。
「飯田さんすみませんね、里井がまったく設定見ていないようなので……明日の潜入について一通り説明します。飯田さんは再確認ということで、すみませんがお聞きください」
北原はそう言うと立ち上がり、モニターに電源を入れた。
「まず二人の設定から。里井は、
「……つまり、役人の中のアウトローっていう設定か」
里井は携帯に送られた資料を確認しながら、そう呟く。
「そういうことだ。もちろん、防衛省データベースも明日になったら手を入れて、バレないようにはする。けど、問題はそこじゃない」
「そうだな。アウトローな役人だろうと、裏家業の本家ヤクザだろうと、タイミング的には無理があるからな」
「ああ。よくよく考えると、どう設定を持って行っても、簡単には行かない。設定は別として、何か釣ることのできる材料がなければ、玉砕だろうな」
「それは……何とかする」
「何とかって、何だ?何か用意するつもりか?」
北原の言葉には返さず、里井も立ち上がった。
「仮に防衛省の役人として、問題は金の調達。北原、どう設定をする?」
里井の言葉に飯田が口を開く。
「私もそれを考えていた……なぜかそこが用意されていないからな。経産省を使うのはどうだ?今日、パーティに出ているだろう。そこからリーカーの滞在を知ったことにすれば、接触もまあ、スムーズだろう。経産省の金、防衛省との共同で引き出せる予算が組まれていて、それを執行できる権限を阿部剛が持っているとすれば……」
「なるほど、アウトローで法規外の行動ではあるけど、あくまで国内犯罪を摘むための行動、というですね。それなら、話の筋は通りそうです」
里井は飯田の話に頷く。北原は一人、ばつが悪そうだ。
「和人、もう一人設定を加えましょう。私を、経産省の金庫番役として、リーカーの前で電話するのよ。孝太郎の指示で、飯田さんからね。そこで話が通じれば、多少は信じるかもしれない。確か、米系日本人の女性が、役人でいるわ。彼女に成りすましましょう」
北原はそれを聞いて、すぐさまPCに向かう。
「エリサ・マクスエル・片岡……彼女だな。電話だけなら、確かに誤魔化せる」
「いいえ、テレビ電話を要求されるかも。写真とデータも、きちんと差し替えて」
「……了解」
「キャシー、賛成だ。増田さんと上原さんの了承が取れればそれでいこう。飯田さんも、いいですか」
飯田は里井の言葉に、頷く。その時、会議室の扉が開いた。増田が戻ってきたのだ。
「皆んな、お疲れ様。潜入の打ち合わせかな。上原君の方は、問題なかったか」
「ええ、やはり23日が取引日で間違いなさそうです。今、滞在先を確定するためリーカーを尾行されてます」
「そうか、サポートありがとう、北原君。そうなると打ち合わせは明日にしよう。朝イチで集合してくれるか」
増田の言葉に、皆頷く。
「では皆、キリが良いところで各自あがって構わない。休息も、必要な仕事だ」
その言葉に、里井が一歩前へ出る。
「増田さん、折り入ってお話が」
「別室がいいかい」
「いえ、この場で大丈夫です」
そう言うと、増田は目の前の席に座った。里井も続けて椅子に腰を下ろす。
「野矢優の件、話は聞いてますか」
「超記憶研究のことか……聞いたよ。悍ましい研究だな」
「捜査一課の上村詩恩が聴取を担当し、その時に300ピースのジグソーパズルをやらせました。彼は、一瞬でピースが足りないことを見抜き、10分足らずでパズルを完成させてます。想像以上に、空間把握能力が優れています。彼を、捜査に協力させたいんです」
皆はそのエピソードに驚きを隠せない。増田は冷静にその話を聞き、答える。
「……それは警察ではなく、SIIにという解釈でよいな?能力は理解したが、彼は中学一年生、13歳だったろう。親の同意なくては無理だ」
「ええ、そこで相談です。彼女、野矢美佐子は今回の一連の事件で殺人教唆、警察の捜査撹乱による公務執行妨害、不正な取引による金銭授受など、複数の容疑が掛かる見込みです。ただ、本人は反省しており全面協力の姿勢を見せてます。また野矢美佐子自身も、まだ情報を引き出せる余地があり、かつ超記憶研究においてはパイプ役として使える余地があります。親子に協力させることで、情状酌量を与えることはできませんか」
増田は黙り込んだ。ここで難しいことは、SIIが警察内部の機関でありながら、表向きはそうでないことだ。しかし、里井の提案は的を得ており、その熱意からも重要性をすぐさま感じ取る。里井への信頼の表れでもあった。
「いいだろう。条件は二つ。里井君、君が必ず責任を持って同行し二人に危害が及ぶことのないようにすること。二つ、SIIの仕事とは言わないこと。二人には、警察への協力として、手伝いをさせなさい。その二つが飲めるなら、情状酌量を与え執行猶予を付けさせるよう、手を回す。どうかな」
里井はその言葉に立ち上がった。
「異論はありません。ありがとうございます」
その言葉に増田も立ち上がった。
「君だから、信じようと思う。ただ、野矢優君の能力は非凡なものだ。使い方によっては君の右腕になり得るだろう。しかし、見誤れば破滅させるほどの能力でもある。しっかり、君がコントロールしなさい」
「分かりました」
「あと超記憶研究……この件は重大なファクターになるでしょう。北原君、ウィリアムズ君を中心に調査を進めてください。皆さん、頼みます。では、また明日」
増田はそう言うと会議室を出て行った。皆、増田が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
「野矢優って、すげえんだな」
「ああ、成長したら、お前の代わりになるかもな」
「何だと!?」
飯田とウィリアムズが北原を制止するのをよそに、里井も会議室の出口に向かう。
「北原、それは冗談だけど……皆さん、相談なく勝手に野矢親子を引き込むことを決めて申し訳なかったですが、必要な人材です。どうかご理解を」
「孝太郎、誰も責めてないわ」
「君が見初めたんだ、間違いないだろう」
その言葉に振り返ることなく里井は笑みを溢す。
「俺は、仕事が奪われなければ、それでいいや……」
北原の言葉を聞くと、会議室の扉に手を掛けた。
「帰ります、お疲れ様でした」
会議室を出ると携帯電話を取り出し、メッセージを入れる。すぐに返信が来たようだ。
”待ってたわよ。野矢親子と有楽町のジョナサンにいるわ”
上村からの返信を確認し、エレベーターの呼びボタンを押すのだった。
2049年12月21日 火曜日 20時32分 神奈川県横浜市西区 某所
「戻りました」
「戻りましたー」
テツと安藤が、五十嵐兄弟の元へ戻ってきた。これで、グループは揃ったようだ。
「お疲れさま、二人とも。道中、いろいろ調べさせて悪かったな」
「いえいえーけどボス、何で警察官って分かったんですか、爆弾止めたの」
「勘だよ、根拠はない。その後に爆発物処理班らしきメンバーが来ているから、まあ警察関係者だろうな、と考えただけだ。けど、最初に入った男は、処理班ではなさそうだ。普通の警官じゃ、あれを止めるのは無理だろう。特異な能力を持った奴がいるな……」
「五十嵐さん、俺に任せてください」
安藤は近づき、五十嵐守に伝える。
「任せるよ、安藤。きっと24日、この警察官もヒルズ六本木には来るだろう。手強い奴だ、気を抜くなよ」
「はい」
安藤の返事を聞くと、五十嵐守は立ち上がった。
「もう一つの懸念、色々この数日で起きているにも関わらず、報道が全くされていない。これは、規制かもしくは、警察ではない組織が動いているか……」
「噂の彼女たち……ですか」
安藤が呟く。五十嵐守はそのまま続ける。
「そうだ。世間では都市伝説とも言われていた噂の彼女たち、それが動いているのかもな、と少し勘繰っているよ。明日、その辺りを少し調べておこう……そしてまずはダボス・リーカーとの取引だ。なかなか大胆不敵な奴だ、噂通りの人物と見て、間違いない」
安藤とテツが座るのを確認すると、五十嵐守もコーヒーをマグカップに継ぎ足して、そのまま腰を下ろした。
「さて、明後日の話をしようか」
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