第36話 18時55分
2049年12月21日 火曜日 18時55分 東京都千代田区 警視庁
捜査一課は、野矢誠殺人事件の解決に沸いていた。難事件と課の中では専らの読みが立っていたようだが、スピード解決に至ったチームを称賛する声で溢れていた。
行田は横沢がいる病院から戻ったあと、課長の室山とともに野矢美佐子の事情聴取にあたった。野矢優の聴取は上村が担当し、それぞれ終了した後、二人は再会し別室で休憩していた。
なお、ウィークリーマンションから、猿田友弘が野矢誠を殺害した凶器と思われるナイフも見つかり、貸し倉庫からは現金二千四百万円も見つかった。死亡した猿田の捜査、監禁されていた野矢優に関する捜査は継続するものの、一旦は野矢誠の殺害容疑として、被疑者死亡のまま送検されることになるだろう。
里井が戻ってきた時には、既に聴取は終わっていた。捜査一課の空気に違和感を覚えながら、上村を呼び出し休憩室で話していた。
「スピード解決って……被疑者死亡ですよ。最悪の展開じゃないですか。結局、被害者を増やしてしまった。私たちは一人の命を守れなかったんです。褒められることじゃない」
「まあまあ。あんたの気持ちも分かるけど。解決は解決、そうでしょ」
里井は周囲の評価に納得がいかない様子だ。ただ、それを嘆いていられるほどの猶予も無い。
「それはそうと、詩恩さん。超記憶研究のこと、話してないでしょうね」
「もちろん、あれはSIIの話でしょ。こっちの事件に関係ないことは話してないわ」
「野矢美佐子は、聴取で何か言ってましたか」
「いや、猿田と事業始めた経緯や、その後の話などは詳しく聞いてたけど。人が足らなくて、室山課長が入ってたわよ。猿田と野矢さん、男女の関係ではなかったようね。どちらかと言うと猿田が迫っていたようだけど、野矢さんは相手にしていなかったみたい。だから事業は別としても、野矢誠が殺されてショックで憔悴していたのは、演技ではなかったのかもね」
里井は缶コーヒーを啜りながらそれを聞いていた。野矢美佐子は、憔悴の中、五十嵐らグループからの連絡を受け、息子を人質にされたから動かざるを得なかった。そのシンプルな構図には既に気付いていた。
まだ一つ見えてこないのは、RTSの話だ。どこでその事業の話を得て、実際に始めたのか。インターネットでは検索できないような裏家業を、一般人がどうやって得たのか。これも、考えつく所に一つの人脈が見えてくる。
「五十嵐教授と森崎教授……この二人が始めた超記憶研究こそ、今回の引き金かもしれませんね。まだこちらが知らないことが、たくさんあります」
里井はそう言いながら缶コーヒーを飲み干し、立ち上がる。捜査一課の部屋に戻る足取りを、上村も後から追う。
「詩恩さん、今日から24日までSIIの方に掛かりっきりになると思います。うまく調整、お願いしますね」
「……いいわ。あたちに手伝えることがあれば言って。うまくやるから」
「助かります」
「上原さんの頼みだからね、仕方ないわ」
そう言いながら部屋に戻ると、そこには行田がいた。
「里井さん、上村さん。本当にお疲れ様でした」
「行田さんこそ。横沢さんの容体は?」
「ええ、幸い当たりどころも悪くなく軽傷ではあるんですが、傷の割に出血していて。大事をとって3日ほど入院させることにしてます」
「そうですか……ちなみに、横沢さんは襲ってきた奴らの顔、覚えてましたか?」
「それが、殴られた衝撃なのか、まったく思い出せないようです」
横沢を襲ったグループの見当はつく。あとはそれぞれの照合を行うだけなのだが、カメラ映像も鮮明に録れておらず、似顔絵も抽象的なため未だに人相を特定できていないのだ。
「結局のところ、野矢美佐子を連れ去ったグループと猿田友弘を殺した犯人。ここだけは未解決のまま残ってしまいました。これは別のチームにそれぞれ引き継ぎます。まずは一件落着です、ありがとうございました。このチームは、後で行う室山課長への報告をもって解散です」
行田は二人に一礼する。それに釣られて、里井と上村も頭を下げる。
「課長への報告は、いつ頃?」
「今少し外してますが、戻り次第、すぐに行います。あ、これは私だけで大丈夫ですから、二人は特になければ上がって構わないですよ」
「分かりました。お疲れ様でした」
そう言うと、行田は二人のもとを去っていった。
「詩恩さん、さっそくお願いがあります」
「早いわね、なに」
「野矢親子を、帰さないでもらえますか」
「え?どういうこと?」
「美佐子さんと話す必要があります。……帰さないで、と言ってもここにいるのは不自然。外で二人に付いて欲しいです。自宅以外の場所で」
今、捜査一課が追うこととしている野矢美佐子の拉致および野矢優の監禁犯、猿田の殺人犯、共にSIIが追っている事件に関連していると里井は確信している。
既に、その情報は北原に送信済みで、整理がなされているだろう。この後、ダボス・リーカーへの潜入、失敗した場合は24日の爆破予告阻止が待っている。野矢美佐子は有力な情報源で、野矢優は捜査に役立つと考えていた。そして、野矢美佐子は聴取で約束したことを話していないこともはっきりした。つまり、それは交渉のテーブルに乗るということだ。
「まさか、SIIに協力させる気?」
「はい。必要な人材です。増田さんを説得するので、それまでの間、待っていて欲しいです」
「……また突拍子もない……分かったわ。ちなみに一つ聞いていいかしら?」
上村は里井に近づき真横で立ち止まる。最初から小声で話しているが、さらに声量が下がる。
「優くん……超記憶研究ですごい能力を得たんでしょ?彼がどんな能力を得たか聞いた?」
「はい、美佐子さんから少し」
「あたしも北原くんから少し聞いていたんだけど。彼の聴取担当したから試しにやらせてみたの。パズル」
真横にいる上村の顔を見た。上村は続ける。
「そしたらね、バラバラのピースをざーっと眺めた後、手を止めることなく組み上げたわ。10分掛かってないわね。でもさらに驚いたことがあるの」
里井は無言で聞き続ける。
「ピースをあらかじめ1つ抜いておいたんだけど。ざーっと眺めた後にね、「お姉さん、一つ足らないね」って。驚いたなんてものじゃない、少し怖くなったわね」
「……流石です、詩恩さん。それは、想定以上だ」
里井はその話を聞いて確信を持った。野矢優は、自身のパートナーに必要な存在ということを。
「空間把握っていうのかしら?分からないけど、普通ではないわよね。時間がなくて出来なかったけど、記憶力もすごいんでしょ」
「超記憶研究のメインはそこですからね……いずれにしても、すごく参考になる情報でした。ありがとうございます。二人、頼みますね」
里井はそう言いながら上村の前を立ち去った。エレベーターを呼び周囲に誰もいないことを確認した後、二台ある内の右側のエレベーターに乗り込んだ。B1Fボタンの下にある階数表示のないボタンを長押しして、B2Fへの向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます