第4話 9時30分、10時10分
2049年12月20日 月曜日 9時30分
朝礼が終わると、課ごとに業務の打ち合わせを行う。捜査第一課長の
現在の刑事部では、案件ごとにチームを組織し、その事件に特化して捜査を行うシステムを、数年前から導入している。チームのメンバーは案件ごとに異なり、それぞれ課長や管理官が話し合いの上、編成することになっている。
里井らのチームは行田が三十八歳で警部の職にあるため、自動的に彼がリーダーとして指揮を執ることになった(上村も警部だが年齢を考慮)。
「ではまず、事件の背景から復習しましょう。第一会議室に三十分後、各自事前情報を整理し、資料を持って集合してください」
行田はそう言い、皆、資料作成等の準備に入っていった。里井も皆の様子を眺めながら、席につこうとした時だった。
「里井」
遠くから名を呼ばれた里井は振り返る。声の主は、捜査第一課長の室山であった。こっちへこい、と手招きをしている。斜め前の席に座る横沢がくすくすと声を漏らし肩を震わせるのを横目に、室山の席へと向かった。
「少しいいか」
「はい」
「何で呼ばれたか、わかるな?」
里井はわざと間を置いてから「はい」と答えた。
「私は、君を叱るつもりも、咎めるつもりもない」
室山から出た意外な言葉に、里井は首をかしげた。
「ただ、指導しろと言われているから、君を呼びつけたまでだ。昨日のひったくりの件は、業務範囲で言えば捜査第三課の職務であり、所轄の警察署レベルのものかもしれないが、君は目の前で起きた犯罪を、最小限の被害で食い止めた。まさに警察官の仕事ではないか。君を叱る理由など、どこにもないだろう」
意外な室山の言葉に、里井は少々面を食らいながらも口を開いた。
「室山課長からそのようなことを言われるとは。てっきり叱られるものだと思い、身構えてきたのですが」
「別に私はお世辞を言っているわけではないぞ。まあ、やり方云々は言われても仕方ないが、気にしなくていい。責任は私が取る。ただ、非番の日にエアーガンを持っていることを良い趣味とは言えないがね」
室山は笑いながらそう言った。里井はさらに疑義を深めた。
「課長、まさかそれを言うためだけに、呼んだわけではないですよね?」
思わず里井は室山に投げかけた。室山は笑うのを止め、里井を見る。
「いや、それだけだよ。私もエアーガンは好きでね。犯罪を食い止めるために君が何を使ったのか、知りたかったんだ。深く考えないでくれ」
「コルトM1903です」
「ほう、コルトM1903とはまた渋い。私はベレッタ派でね。今度、ゆっくり話をしたいものだ」
室山は微笑みながら、一度目線を里井から外し、さらに続けた。
「強いて言うなら、君が私の立場を分かっているという前提で聞いて欲しいが、今後、手錠を持っていない場合、捜査行為全般はなるべく控えるようにしてくれ。つまり、非番時の捜査行為は行うな、ということだ。ついでに、エアーガンの発砲も禁止としておこう・・・以上だ、戻っていいぞ」
室山は笑顔でそう言うと、「これを横沢に渡してくれるか」と里井に資料を差し出した。里井はそれを受け取り、無言で室山に礼をした後、自席に戻った。
里井は、室山の言葉が引っ掛かっていた。上村の話が本当だとすれば、上層部は当然里井の上司である室山を厳しく叱責し、里井に対して指導するよう言われているはずだ。この状況で室山からお咎めがないことは、社会通念上おかしな話である。
室山は昨年、ある事件の後に急遽捜査第一課長に就任しており付き合いが長いわけではなく、何かと掴めない部分があると感じていた。里井は違和感を覚えながらも、第一会議室へと向かった。
2049年12月20日 月曜日 10時10分 警視庁 第一会議室
「まず、今回の事件だけど」
第一会議室で、全員が着席したことを確認し、行田は口を開いた。
「上村さん、説明をお願いできるかな」
上村は頷き、説明を始めた。
「事件は12月18日土曜日午後10時頃、狛江市の個人経営の酒屋、「モンテネグロ」で発生しました。被害者は店主である
上村は言い終えると、咳払いをし、机に置いてたマグカップを口に運んだ。
「上村さん、ありがとうございます。説明いただいた内容が、我々のチームに引き継がれるまでの、所轄の捜査報告内容です。何か質問はありますか」
すぐに横沢は手を挙げ、そのまま話し始めた。
「そもそも、二千四百万円も自宅に置いておくことが怪しすぎますよ。大金だし、ただの自営業で酒屋をやっている人間ですよね」
横沢の言う通りであった。この事件の疑問はそこから始まると言える。
「奥さんから話を聞く必要がありますよね。二千四百万円が金庫にあった理由を知っているかもしれません」
上村がそう言うと、行田も三人を見ながら頷いている。
「では、野矢美佐子へ接触する班と、濱口芳郎を尾行する班とに分かれて捜査をしましょう。野矢美佐子については、夫の死へのショックが大きく、現在は新宿のプリンセスホテルに滞在していますが、まだ詳しい聴取は行っていません。我々で行いましょう。濱口芳郎については、まだ不明点が多すぎます。人物像をはっきりさせていく必要がありますね。尾行班は上村さんと、里井さん。野矢美佐子への接触は私と横沢さんで参りましょう。濱口については、この二日間、所轄の刑事が尾行を継続して行っています。本日から我々が引き継ぐと話はついてますから、調整はお願いします」
三人は頷き、順番に会議室を出た。腕時計を確認すると、10時21分を針は示している。里井は資料をデスクに置き、隣席の上村に小声で話しかけた。
「詩恩さん、少しはずしていいですか」
「どうしたの?12時に所轄の警官から尾行を引き継ぐ予定よ?」
「招集がかかったんです」
「え?」
上村は思わず驚きのあまり大声を出してしまった。注目する周囲に問題ないことを目線で訴え、里井に再び話しかける。
「冗談よね、本当に?あの事件以来?」
「はい、あれは去年の11月頃でしたから・・・一年振りですね」
里井は窓の外を見つめながらそう言った。上村も同じ方向を見つめる。
「早いわね、あれから一年も経つなんて。また内部の話じゃないでしょうね?」
「知りませんよ、これから会議なんですから」
「これから?あ、そういうことね・・・わかったわ、所轄に連絡して、引き継ぎ時間の変更をお願いしておくわ」
「助かります」
「里井」
席を離れようとした里井を上村が呼び止めた。
「気をつけなさいよ」
「詩恩さんには心配掛けますね。じゃあ後ほど」
里井はそう言うと、席を離れ刑事部の部屋を出た。エレベーターホールに誰もいないことを確認し、二台ある内の右側のエレベーターに乗り込み、B1Fボタンの下にある階数表示のないボタンを長押しする。
するとエレベーターは速度を上げ、どの階に止まることも無く、知られざる「B2F」へと向かっていった。
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