アメと珈琲

冬白海月

第1話 はじまりと珈琲


雨が降る夜は、特にコーヒーを飲みたくなる。




数年前に付き合っていた彼は、コーヒーが苦手だった。

いつもドロップ缶のアメを口に入れているような、そんな人。

対照的に、私はインスタントコーヒーが好きで、甘ったるいアメは嫌いだった。



ある晴れた日、彼がドロップ缶から白色のアメを1つ取り出して、私に渡した。


「これ何味?」

「ハッカあじ。甘くないよ」


そう言われ、アメを口にほうり込むと、すぐにペパーミントの清涼感が口の中を支配した。

確かに甘くはない。けれど、あまりおいしいとは言えなかった。


「ハッカ、あんまりおいしくないね…」

「ん、俺も嫌い。だからハッカだけ誰かにあげる」

なんだそれ。

「たまには自分で食べなよ」なんて思いながら、その言葉は口にせず、ただ口元をゆるめて笑った。




その次の日は大雨だった。

彼とカフェで雨宿りをした。

店内ではB G Mがうるさいくらいになっていて、私たちの他にお客さんは誰もいなかった。


「…寒いね」

「……ホットコーヒーでも飲んだら?」


嫌いだとわかっていて言った。

彼は飲まないと思ったのに、それを飲むと言った。


ここのコーヒーは深煎りなので、苦味が強い。

恐らく彼は苦手なはずだ。


どうしたのだろうかと思っていると、彼は頼んだコーヒーをひとくち飲んで、こう言った。


「…やっぱり、嫌いだ」


そういうと、彼は鞄からすぐさまドロップ缶を取り出して口にほうり、残りのコーヒーを全て私に差し出した。


「あげる、飲めない…」


私だって自分のコーヒーを頼んだのに。

持ってきた文庫本を読み切るまでにコーヒーを二杯も飲めるのだろうか。

私は冷えたコーヒーが嫌いだ。


ちらりと彼の方をうかがうと、黙って店の外を眺めていた。

ほおづえをついて眠たそうな目で、ただ通りを過ぎ去る雨と人の流れを見つめていた。

私は再び文庫本に目を落とし、物語の結末で赤い果実をほおばった。

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