第2-3話
◆
僕が仕事に取り掛かる前に、エルダーは何かのサンドイッチみたいなものもを食べながら、魔法管理機構の動向について確認してきた。
「書類なら来ているよ。いつも通りの、事前告知と記名されていない委任状のセットで」
事務机に積まれている封書の中の一つを差し出すと、エルダーは首を左右に振る。
「知っているならいい」
「何か意見があるんじゃないの?」
「あるとすれば、現場の意見を聞け、という意見だな」
それはそうだ。その通り。
僕も朝食を調達してきていたけれど、カップ麺だった。エルダーの食事を前にするといかにも粗末だけど、文句は言えない。魔法応用型のカップ麺なので、水を注いで蓋をした次には出来上がる。
事務所の壁際のたまに調子が悪くなるウォーターサーバーから水を注ごうとしたが、この時も反応が悪い。ちょっと蹴りつけてやると、おとなしく水を出し始めた。
カップを事務机において、蓋を閉じ、剥がすときには湯気が上がっている。昔ながらのカップヌードルには都市伝説的な吸引力がある。禁断症状のように、食べずにはいられないのだ。
「昼にはツヅミ武具店へ行くから、それまでは仕事はしたくてもできないよ」
麺をすすりながらそう声をかけると、エルダーは何かを思案するような顔になり、「では午後に戻ってくる」と身を翻した。サンドイッチはすでに食べ終わっており、伝統衣装の裾の動きなんか、まさかに身を翻すという感じだ。
いかにも優雅である。
ひとりきりになり、ちょうどいいので音楽などを流しながら、素早く仕事を進めていく。公的機関へのいくつかの届出に必要な書類作成と、昔ながら税金にまつわる書類。複数の商店からの月賦の請求書があり、端末で銀行口座の残額を確認。
この前の事件での報酬で今回はかろうじて支払いができたが、来月分はだいぶ怪しい。
そんなこんなで二時間などあっという間に過ぎ去っていく。
食事でもしてツヅミ武具店へ行くか、と思ったが、ふとさっき相棒が気にしていた魔法管理機構の通達が気になった。
一度は書類を見たし、委任状は未提出のつもりだった。世界中の魔法使いのうち、委任状を出すような義理堅い魔法使いは少数派だろう。僕も他の仲間たちからそう学んでいる。
封筒から書類を取り出し、眺めていく。
刀剣に関する規制について書かれており、刃の長さや位相変換の効率に制限が発生しそうだった。
どこの誰が提案したか知らないが、実戦の場で自分の能力を限定する奴なんてどこにもいない。魔法管理機構の取り決め云々以前に、国際条約に違反するような魔法使いだって大勢いる。
いろいろな方法で出し抜いたり、黙らせているだけで、その条約違反で命を永らえた奴もいるだろうし、逆に国際条約を律儀に守って戦場に散ったものもいるはずだ。
すすんで違反を行う気もないけど、一番大事なのは命だ。
仮に魔法管理機構の査察が入れば運がなかったとするよりない。日本中どころか、世界中で査察を受けるか受けないか、運任せの魔法使いが大勢いることだろう。
それにしても、刀剣の刃渡に関する取り決めは不愉快だ。
僕の使っている双子の剣、右のアルダと左のオルタは打たれてから三年ほどが経過している。当時の基準に適合した刃渡や性能だったけど、ただの三年でいくつかの規格違反が発生している。
規制の変更に伴う猶予処置をいいことにそのまま使っているが、いつかは問題になる。
かといって使い慣れた武器を手放すのも、やはり戦場では生死を分けかねない。
エルダーが言う通り、魔法管理機構は現場の声をもっと聞くべきだろう。
いずれにせよ、刀剣を買い換えるのは当分先だ。つい一週間前、大金をはたいて修理に出したのだし。
端末の電源を落として、外していた剣帯を手にバンへ。リモコンの信号で扉は開き始めている。
バンのエンジンのかかりがやはり悪いが、無視しよう。今はバンの修理までは手が回らない。
バックで車を出し、またリモコンで扉を閉める。複数の警報をオンして、切り返して出発。
昼過ぎの東京シティはのどかなものだ。この都市で昼間に見るのは観光客が大半である。現地住民たちは仕事に追われるか、学業に追われている。
外縁部に沿って走り、川沿いを進むとツヅミ武具店が見えてくる。
店の前に車を駐車し、やはり警報装置を起動。東京シティの治安の良さは折り紙付きでも、無警戒が許される立場じゃない。
店に入ると、ツヅミの姿はない。入り口のドアが開いたときに電子音が響いたから、来客には気づいているはずだ。
カウンターで少し待つと、奥から金属製の箱を抱えて、目元が機械化されている男がやってくる。
「なんだ、美月か。月賦の支払いがまだだぞ」
「一時間前に口座に振り込んだよ」
「いや、振り込まれていない」
さすがに冷や汗が流れそうになるが、この男の口元をよく観察すれば冗談だとわかる。
「月賦の支払いを二重にする詐欺を働くなよ」
「なんだ、ばれたか」
箱をカウンターの横に置いて、ツヅミが腰を伸ばす動作をしてから、壁に備え付けの棚から平たい箱をカウンターに移動させた。
「いったい、こいつにどんな負荷をかけたんだ」
言いながら箱が開封され、そこには多機能増幅刀剣の左のオルタが収まっている。
「まあ、仕事で使うものだから、色々と負荷もかかるさ」
「美月、あまりくだらない冗談は言うなよ」
さっきの月賦の冗談の方がくだらない気がするけど。
そう言ってやろうと思ったが、ツヅミは真剣な表情をして僕を見ている。
「左のオルタと同程度の頑強さの刀剣はそう多くない。実戦向けの刀剣だしな。それが芯まで歪み、機能不全を起こしかける損傷を受けるとしたら、それは超一流の魔法剣士の攻撃以外にありえない」
「見てないことを推測するのはよくないよ、ツヅミ」
「武器の状態を見れば、何が起こったかは推測できる。武具職人を舐めるなよ、賞金稼ぎ」
どうやらこの男は真剣に僕のことを心配しているらしい。
「心配いらない」
そう言ってから、ちょっと間をおいて笑みを見せておいた。
「月賦はちゃんと支払うよ」
苦り切った顔になったが、金の話をしたからだろう、ツヅミは「調整するぞ」と箱から僕の愛剣を取り出した。
手にとって軽い位相変換を繰り返し、その間に微調整を行う機器でツヅミが加減を整えてくれる。魔法、位相変換は効果が絶大なものを行使するには、より繊細な力の制御が必要になる。
それは個人の素質でもあるけど、刀剣によって整えることもできるのだ。
一流の魔法使いは、一流の武器を使い、それを一流の職人に調整させる。
決して戦いの場において強引なことはしないし、準備段階で妥協もしない。
ツヅミは超一流とは言えなくても、腕は確かだ。そして料金もそれほど取らない。
きっと根っからの職人気質か、魔法関係の武器マニアなんだろう。
「よし、いいぞ。裏手で何か試すか?」
「悪くないね」
二人で店の裏手へ出る。船をつける桟橋が浮いていた。
川面に向かって左手に増幅多機能刀剣を握り、適当な魔法を発動させる。
ほんの小さな点として、別世界の高熱を召喚すると、川の水と接触、コンマ一秒もない時間だったが水面が爆発する。
轟音に体が震え、大量の水が押し寄せ、次には霧が立ち込め、その次に川の水が頭上から降ってきた。
「馬鹿め! やりすぎだ!」
二人でずぶ濡れになって店の中へ駆け戻るが、周囲から怒号が聞こえてきた。
「近隣住民の苦情を考えろ」
ツヅミが本気の殺意を込めて睨んでくるが、素知らぬ顔をしておく。試してみろと言ったのは彼の方だ。
「とにかく、悪くないね」
もう一度、魔法を発動し、熱風を起こすと自分の体への精密な作用で服を乾かす。
剣帯に鞘を差し込み、腰から下げる。よし、これでやっと落ち着いた。
「あまり死ぬような行動をするなよ、賞金稼ぎ」
ポンとツヅミが僕の背中を叩く。
「月賦を払うまで死ぬんじゃないぞ。いいな?」
優しい言葉じゃないか。ちょっと純粋ではない気もするけど。
「わかったよ。ありがとう」
僕は礼を言って、店を出た。
余談だが、バンで引き上げる寸前、ツヅミ武具店の隣にあるボロ屋から、旧型のショットガンを持った老人が出てきたので、本気で怖かった。
その老人がどこへ、何をしに行ったかは知らない。
ツヅミ武具店に突撃したとしても、僕は何も知らないし、何も見なかった。
そう、何も……。
さすがにアクセルを強く踏まずにはいられなかった。
(続く)
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