千代に、いやチョコに

伏潮朱遺

第1章 黄色い世界線

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これは、とある2月のいろいろな二人にスポットを当てたものである。

前後の関係も、前提時空もばらばらなので注意されたし。

ネタバレに配慮して一つだけ言うのなら、

ビターよりはスイートに。


まぼろしは、甘くとろける。







   千代に、いやチョコに






第1章 黄色い世界線



その1 ヨシツネさんとサネアツくん

@謎時空


「はあ? 人にものねだらはるんなら、まずお前から寄越したらどうなん?」

 確かに。

 それもそうだと思って催事場に赴いてみて気づく。

 あいつ、チョコ食べないな。

「そんで、手ぶらで戻らはったゆうこと?」ツネが鼻で嗤う。「何しに行ったん?」

 莫迦にした口調ではあるが、自分のために俺が時間をどぶに捨てたのは、そう悪い印象はなかったらしい。

「ああ、荷物届いてたで」ツネが上を指さす。

「わざわざ持って行かなくても」事務所に置いておけばいいのに。

「上行く用事あったさかいに」

 黙って取りに行けということだろう。

 事務所奥の階段を上がった2階が居間。ドアを開けようとしたら階下から声がした。

「そこやないで」

 3階まで行けということか。

「わかった」溜息をついたがきっと聞こえていない。

 階段をさらに上に。

 3階は私室。

 玄関で靴を脱ぎ、キッチンカウンタを横目に。

 どこだ?

 あった。

 ベッドの上に。

 荷物と聞いたのでてっきり段ボールを想像していたが。

 これは。

 それを持って事務所に下りる。

「あったん?」ツネは手元の小説から眼を離さずに言う。

 なんと言ったら正解なのか。

 考えながら階段を下りたが。

 結局わからず。

「渡すなら直接渡せ」

 思ったことをそのまま言った。

「知らん知らん」ツネはどうでもよさそうに、顔の横にある空気をどかしただけ。

 関心がなさそうなので、仕方なく席に戻って包みを解いた。

 中身は。

「美味しなくても返品せんといてな」

 ツネがこちらを見ない理由がやっとわかった。

 こっちを向けと念じつつ返事をする。

「お返しは10倍でいいか」

「期待しとくわ」ツネの肩が震えたので笑っているのだろう。

 その顔を見れるのは。

 近いうちかもっと先か。

 いくらでも待ってやる。


 お前がここに帰って来るまで。














その2 ヨシツネさんとケイちゃん

@『言うも世の常とみほろし』1か月前


 雪が降ってきたのにかこつけて送ると言ったのが聞こえたのか、去り際に一瞬だけ睨まれたがまったく気にならない。

 だってあいつは、

 何もできない。

「こっちも雪降るんやな」ヨシツネさんが空を見上げる。

「あの、傘あるんで」

 雪が降る気がして傘を持ってきていた。

「ええよ。そないに降ってへんし」

 ヨシツネさんの色の薄い髪を白が覆う。

「ああでも積もらへんやろな」

 信号で止まる。

「なあ、前にゆうたの憶えてはる?」ヨシツネさんが振り返る。

「はい」

 なんだろう。

 あんまりいいことじゃない気がする。

「たぶん、そう長いことおられへん」

「付いていきます」

「せやのうてな」ヨシツネさんが肩を竦めた。

 信号が変わる。

 ヨシツネさんの家の前まで特に喋らなかった。

「おおきにな。もう暗いし、早よう帰り?」

「いつですか」

 ヨシツネさんは門の下にいる。

 白はヨシツネさんを隠すことはできない。

「いつ、行くんですか」

「いつやろ。迎えが来よるさかいに。俺が決められへんのよ」ヨシツネさんが苦笑いする。息が白い。「ああ、寒いな。ほな、さいな」

「明日、何の日か、知ってますか」

「なんやろ」ヨシツネさんはわざととぼけている。

「言ったら、もらえますか」

「俺がケチなん、知っとるやろ?」

「じゃあ」

「ケイちゃんが欲しいんは、チョコと違うやろ」

 ぜんぶ。

 見抜かれている。

「それともほんまにチョコが欲しいんやったら」

 違う。

 首を振る。

「わーっとるんならええわ。ほな、また明日な」

 とか言ってたくせに。

 次の日、俺含めた全員にチョコ(義理)を配っているあたり。

 意地が悪いというか、思わせぶりというか。

 でもチョコは嬉しすぎてなかなか食べられなかった。



























その3 トモヨリくんとカンムさん

 @『己ト己、共ニ心亘ル』第3章以降


「お前これどうするわけ?」アズマさんがうんざりした声を上げる。

 神経質なマネージャーが、段ボール箱を規則正しく積み上げて退室した直後のタイミング。

 中身の重量はタカが知れているので、全部倒れたところで雪崩に巻き込まれた場合の被害は大したことないだろう。それをまた片付ける手間をのぞけば。

 チョコ。

 チョコの山。

 全部ファンから。

「社長が許可したの?」アズマさんは犯人を特定したいみたいだった。

 事務所の社長。

 ああ見えて炎上商法が好きな節がある。

「僕の方で意識的に募集した覚えはありませんが、もし曲解して伝わっていたなら」

「曲解どころじゃないだろ。お前のファンはお前の顔しか見てないんだから」

「申し訳ないです。全部捨てますので」

「そんなこと言ってないだろ」アズマさんが段ボールを小突く。「っ痛。爪割れた。クソ」

「あの、手を」爪切りを準備したが。

「いい、このくらい」と言いながら、アズマさんは割れた爪をむしり取って床に放った。

 沈黙。

 アズマさんの機嫌の行き先を見極めずに、不用意な発言をしないように。

「お前、黙ってればやり過ごせると思ってるの、直したほうがいいよ」

「すみません」

 社長が僕宛のチョコ山の高さを面白がっているのだとしたら。

 いや、そもそもなぜアズマさんがこんなに苛々しているのか。

「あ」

「なんだよ」

 バレンタインまでまだ日があるので油断していたが。

「ちゃんと用意してますよ?」

「ならいい」

 マネージャーが呼びに来た。

 次の仕事だ。

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