サイゼで喜ぶ彼女

はるにひかる

初デートでのサイゼリヤ


「ん-、やっぱミラノ風ドリア美味しい!」

「う、うん……」

 テーブル席の向かいで頬を緩ませる浦川舞香うらかわまいかの言葉に、浜田安隆はまだやすたかは身を縮こまらせ、表情を硬くしながら答えた。

「どうしたの、浜田?」

「いや、初デートでサイゼリヤって、どうなのかなって思って……」

「何で? 美味しいじゃん、サイゼ。友達ともよく来るし」

 言いながら舞香は、ドリアに2匙目を入れた。

「でも本当ならさ、豪華なビュッフェに行く心算だったし」

 安隆の脳裏に、ネットの写真で見た、色取り取りの食べ物が並んだカウンターが浮かぶ。舞香が食べているミラノ風ドリア、自分が頼んだ自家製ケチャップのナポリタンも充分に美味しそうだけれど、矢張りその光景と比べると、見劣りしてしまう。

「まあ、仕方無いじゃん。行こうとしていたお店は予約が必要だなんて、私も知らなかったし。他のお店も、大分並んでいたしさ。ここでも少しは待ったけど、お腹が空いていたから、有って良かったよ」

「でも……」

「『でも』は無し! ……じゃあ、今度来た時はちゃんと予約してよね」

「う、うん!」

「但し! 2回続けて同じ場所は嫌だからね。今度は別の所で」

「分かった! そうするよ!」

 舞香の提案にホッと胸を撫で下ろした安隆は、フォークを持ってスパゲティを口に運んだ。


   ※※※


「もう1回ドリンク取って来るね。浦川さんは要る?」

「あ、じゃあ、アイスティーとか良い?」

「分かった、行ってくるね」

 席を離れてドリンクをグラスに注ぎながら、安隆は一息吐いた。

 目当てのビュッフェレストランに入れなかった時、近くのレストランも軒並み店の外まで行列が出来ていた時はどうしようかと思ったけれど、検索してみたらここにサイゼリヤが有って良かった、と。

 自分の分のオレンジジュースも入れ、両手にグラスを持って席に戻ると、舞香は、メニュー表の拍子と睨めっこをしている処だった。

「あ、間違い探し?」

「ああ、浜田お帰り。ありがとね。そそ、この間違い探し、難しいよね」

 グラスを置いてソファーに座った安隆は、必死に間違いを探す舞香の様子を眺める。

「ん? 浜田も見る?」

 その視線に気付いた舞香は、安隆に訊ねた。

「ってか、一緒に探してよ。ほらっ!」

 安隆が答えるよりも早く、舞香は食べ終わった食器を横に避けて、空いたスペースに、安隆に揉み易い様に横向きに置いて、再び絵を覗き込んだ。

 余りここで時間を使うのは勿体無いけどと思いながらも、安隆も顔を寄せて一生懸命に2つの絵を見比べるのだった。


  ※※※


「お待たせー、じゃあ余り遅くなってもなんだし、出ようか」

 手洗いから戻って来た舞香は、腰掛けはせずに荷物を取り上げて襷掛けにした。

 それは安隆も思っていた事なので、頷いてバッグを手に立ち上がる。

「そう言えばスタンプって、ハンドソープで洗っても大丈夫なのかな?」

 舞香は、左手の甲を見ながら呟いた。

 肉眼で見る限り、そこには何の痕跡も見付けられなかったので、心配になったのだ。

「さあ、分かんないけど……。大丈夫じゃない?」

「だよね? 何とかなるよね?」

 会計を別々にして貰うと、ランチセットにドリンクバーを付けて、1人600円だった。

 払い終わって店を出る時、舞香は再度満足気な顔を浮かべていた。

「ちゃんとサラダとスープが付いてこの値段って、凄いよね!」

「まあ、最初に行こうとしていたお店よりはね」

「もう、またそれを言う。ご飯代で浮いた分もさ、グッズ買おうよ」

「……そうだね。そうしよう!」

 舞香は「あっ」と上げて、ポシェットからチケットを取り出した。

「ファストパスの時間、何時だっけ?」

「14:35からだから、未だ1時間以上は有るね」

「じゃあさ、グッズ見に行かない? それか、パレード? 何時からだっけ?」

「えっと……」

 安隆は慌ててスマホを取り出して公式アプリを開いた。

「14時だから、それまでグッズ見る?」

「じゃあ、それで!」

 階段を上がった舞香と安隆は、舞浜の駅を背に、時々不意に手が触れそうな微妙な距離感で、ペデストリアンデッキを軽やかに急いだ。

 そんな2人の気持ちを、映画で聞き慣れた軽快な音楽が盛り上げていった。


   ※※※

 

 初めてのデートが決まってから予めスマホに入れておいたこれをもう少し事細かに見ていれば目当てのクリスタルパレス・レストランに入るのには事前予約が必要と気付けたのにと悔やんでも、後の祭りだった。

 ここに来る前のパーク内、レストランの前で「予約が必要」だと伝えられた時の、絶望感。

 必要ではないお店から伸びる、人の列。

 お互いに溜め息を漏らした2人は、手の甲に再入園のスタンプを押して貰い、駅の下に在る安価でイタリアンを楽しめるファミリーレストランの、サイゼリヤに来ていたのだ。


 安隆はその時の何とも筆舌し難い感情をもう二度と味わいたくないと思い、今後のデートの際は事前に調べる事を胸に誓った。


 そして、予定が狂っても、それを楽しんでくれる相手で本当に良かったと、安隆は感謝していた。

 ただ、そう云う人だからこそ、好きになったのだとも。


『2回続けて同じ場所は嫌だからね』

 先程舞香はそう言っていた。

 次はランドじゃ無くてシーにしたら、……やっぱり嫌かな。

 ディズニーランドに戻る道すがら、安隆は内心で、そんな事を考えていた。

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