ダンジョン町タウルの小さな食堂

仲津麻子

第1話冒険者のお好みパオサンド

 八穂やほが、エリーネルの世界に飛ばされて来てから、三年がたった。


地方都市トワの広場ではじめた、甘いビンガ豆のスープ(元の世界でいうところのゆで小豆)の屋台が評判になり、冒険者ギルドに頼まれて、新しいダンジョン町タウルに店を構えてからは、二年になる。


 彼女の小さな店「ほのぼの食堂」は、冒険者たちに親しまれて順調だった。


「こんちは、八穂ちゃん、パオサンドと、揚げ芋たのむ」

「あ、俺も、俺も、パオサンドと、玉ねぎサラダ」

カウンター越しに声が飛んだ。


「はーい、少し待ってね、パオはもうすぐ蒸し上がるから、熱々が出せるよ。お茶は自分で注いで飲んでね」

ジーンズのパンツと、ピンクのトレーナーに、白いエプロンというこのあたりでは見かけない服を着た娘が答えた。


背中くらいの長さストレートな黒髪で、シュシュで一つにくくっている。ニコニコと愛嬌のある丸顔 百五十五センチくらいのやや小柄な体躯だ。


「お、それはいいところへ来た。ここのパオサンドは他と違って旨いからな」

ガタイの良い冒険者風の男が、嬉しそうにカウンターに腰かけた。


「うんうん、トワの広場でお馴染みのヤツは、パンがカチカチで、パサパサで、噛むとヌルヌルでなあ、馴れれば、ま、そんなもんだと思って食ってたけどよ」

セルフサービスのお茶のカップを二つ持って来た小柄な男も、うんうんと頷きながら、横に座った。

「八穂ちゃんのパオサンドは、こう、フワフワで、やわやわで、口に入れるとほっこりだものな」

「ううう、たまんねぇ、腹減った」


「二人とも腹ぺこ魔神だね」

八穂は、笑いながら、小柄な方の男の前に、玉ねぎサラダの皿を置いた。

「はい、ダナンさんの。玉ねぎサラダ」

「お、旨そうだ、このベーコンがいいんだな」


 スライスした玉ねぎを水さらしして、水気を絞っただけの素朴なサラダだが、細切りにしてカリカリに焼いたベーコンがたっぷりトッピングしてあった。


 ドレッシングは、レモン味か、トマト味か、それともバジル入りのか、お好みの味を自分で選んでかける。


「はい、揚げ芋は、ダンジさん。熱いから気をつけて」

「ありがとう、八穂ちゃん」


 揚げ芋は、いわばフライドポテトだ。じゃがいもを皮ごと半分に切り、じっくりと素揚げにしてある。岩塩をパラパラとかけただけでもいいし、八穂特製のハーブバターを乗せても旨い。


 八穂の料理は、食べる本人が、好みの味付けを楽しめるように、複数の調味料で調整できるようにしていた。

そうすることで、毎日食べても飽きない食事ということで、評判が良かったのだ。


 やがて、微かに酒の匂いが漂ってきて、カウンターの二人は、期待に満ちた顔で、鼻をヒクヒクさせた。

「おまたせ、パオ、蒸したてだよ」

「おお!」

二人が同時に歓声を上げた。


皿には、手のひらほどの白く平らな蒸しパンが数枚乗っていた。

いわゆる、中華まんの生地を平らに蒸したようなもの。花巻に近いだろうか。


 別の皿には、数種類の具が並べられていて、自分で好きな具をパンで巻いて食べる。

甘辛いオーク肉の角煮、スパイスの効いたドードー鳥の肉団子、ティレジウス魚のフライ、クラゲと胡瓜の和え物、インゲンと卵の煮物、ネギの油炒め など。

その日によって多少メニューが変わることもある。


 八穂としては、複数の具を用意するのは手間なのだが、自由を愛する冒険者たちには、この、「好きなように」という食べ方が、大層お気に入りなのだった。


「うまいな」

ダンジが、パオに角煮を乗せ、二つ折りにしてかぶりついた。

「うんうん」

口いっぱいにパオを頬張っているダナンは、声が出せずにコクコクと首を振った。


「ダナンさん水、水飲んで」

八穂は喉につっかえそうになっているダナンに水を渡す。

「あわてないで、ゆっくり食べなさいよ」

八穂は呆れたように笑う。


 こんな、何でも無いやりとりが楽しいと思った。

この世界に来たばかりの頃は、不安ばかりで、何をしたらいいのかわからなかった。


 彼らのように、冒険者になる道もなかったわけではないが、虫を殺すのも躊躇してしまうような生活をしていた彼女に、獣や魔獣が狩れるはずもなかったのだ。


 たまたま、元の世界にあった小豆と似た、ビンガ豆を見つけて、友達になったミュレに、甘味を振る舞った。料理で人を喜ばせることができると知った時の驚きと言ったらなかった。


 パオサンドにしても、広場の屋台で初めて食べた時、ダンジたちが言っていたように、固い、重い、パサパサ、ゴロゴロと口の中にいつまでも粒が残るという、初めての食感に驚愕したものだった。


 噛んでいると出てくる酸味と、ヌルヌルしたぬめりは、おそらくライ麦粉のようなものかと推測したのだが、せっかくの柔らかいオーク肉のスライスをサンドしているのに、おいしさを落としていた。


 それで、もっと柔らかくて、口当たりの良いパンはないかと考えて、中華まんのフワフワの蒸しパンを思いついたのだった。


 ただ、この世界での酒粕さけかす探しには苦労した。酒種さかだねでパンを柔らかくしようと考えたのだ。

冒険者たちの話から、この世界にも米の酒があるらしいということを知ったが、どこで作っているのか解らなかった。


あちこち聞き回った末に、商業ギルドの伝手で、手に入るようになったのはありがたかった。


八穂が作る料理を喜んでくれて、食材集めにも協力してくれる。この世界の人たちの温かさを感じていた。

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