うっかり者の千瀬さん
夕日ゆうや
第1話 バレンタイン!
中学校の校舎。
ハチミツ色に溶け込む教室。
夕暮れのこの時間、この季節の風が僕は好きだ。
僕は一人教室に残っていた。
「やっほー。
教室の入り口には一人の少女が立っていた。
僕を呼び出した子。
茶色の長髪。黒い瞳はくりくりとして可愛い。
「
一枚の封書を取り出す。
「えへへへ。わたしの気持ち、受け取って」
そう言って前にでて包装されたチョコを手渡ししてくる。
「え」
「受け取って」
「うん。ありがと」
僕は素直に受け取ると、はにかむ千瀬ちゃん。
「わたしの気持ち、こめたからね」
「うん」
「その、わたしは俊樹くんを好きになってもいいのかな?」
上半身を前屈みにし、小首をかしげる千瀬ちゃん。
上目遣いののち、薄い笑みを浮かべる。可愛い。
「ええと。うん。いいよ」
「えへへへ。ありがと」
千瀬は距離をとり、鼻歌を歌いながらかけだしていく。
「あ。その気があったら連絡先教えて?」
僕でいいのだろうか。
こんな素朴な僕のどこがいいんだろう。
でも連絡先を交換したいってことは僕と関わり合いを持ちたいということ。それを否定すれば、彼女を傷つけてしまう。
こんな僕に残された道はない。
それになによりもチョコをもらっている。それが義理ではないことはラブレターの文面からも、この場の雰囲気からも伝わってくる。
「……分かった。交換しよ」
「なんで、そんなに時間がかかったし……!」
「いや、僕、連絡とか苦手で」
実際、どのタイミングで連絡を入れればいいのか、毎日するのはしんどいし。でも彼女ができたら、毎日しなくちゃいけないのかな。
そもそも恋人になりたいのかな?
もしかして、僕をからかっている。あり得る。同級生のゲームに負けて、罰ゲームで嘘の告白をしているに違いない。
だとすれば教室の外にクラスメイトがいるはず。
僕は千瀬ちゃんをその場に廊下を見やる。
「いや、誰もいないよ。じゃないと、こんな恥ずかしいこと言えないもん」
拗ねたような顔をする千瀬ちゃん。
「え。い、いや。ほら、聴かれていたら、ね?」
「うん。分かるよ。……ほら、早く」
連絡先の交換だっけ。
僕は慌ててスマホを取り出す、と。手から滑り落ち、千瀬の足下まで転がり落ちる。
「もう。慌てん坊さんだな~」
えへへへと笑う千瀬ちゃんはスマホを拾う。
「あ!」
待ち受け画面、そのままだ。
千瀬ちゃんがでていた合唱コンクール。
「え。これって……!」
画面を見てしまったらしい千瀬ちゃん。
「か、返して!」
「う、うん」
僕は慌ててスマホを返してもらう。
「りょう、想いだね」
「……うん」
「そろそろ帰ろっか?」
「一緒に?」
「うん」
どこかぎこちないやりとりが続き、僕は鞄を手にする。
それに続くように千瀬ちゃんも駆け寄ってくる。
今日は甘い一日だった。
チョコ、そうバレンタインだったんだ。
今更気がついた。
僕には縁遠いイベントだと思っていた。
「甘いもの、すき?」
「うん。好き」
途切れ途切れの会話。緊張でうまく話せない。
先ほどは夕暮れのせいで頬が赤いのを隠せていたし、千瀬ちゃんの頬が赤いのもそのせいだと想っていたけど、違ったらしい。
手をつないで帰るなんて初めてだ。
このドキドキが千瀬ちゃんに伝わらないといいな。
僕はとても素敵な一日を過ごした。
と思う。
バレンタイン、今までつまらないイベントだと思っていたけど、とてもいい日になった。バレンタイン! サイコー!
帰ってみて包装を明けてみると、
中身が空だった。
※※※
「あ、入れ忘れた」
千瀬の家には♡のチョコがそのまんま残っていた。
包装の練習に使った♡を間違えて渡したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます