第9話 そのなな
「……ということがありましてね、それでこれから宗治郎君に会ってくるんですよ。」
グレード5、のカフェテリアで、雪凪は委員長とユルゲンに向かって話している。目は死んでいる。
「雪凪!すごい!その話、めちゃくちゃ面白い!」
「おー!なかなかの出来だと思うぞ!辻褄も合ってる!」
「アハハ……アハ……はは……」
委員長とユルゲンはいつの間にかめちゃくちゃ仲良くなっていた。オタクとは、年齢も性別も国籍も飛び越えて仲良くなれるのだ。素晴らしいよね。
「で?いつまでに文字起こしする?」
「シンカン出たら買うぜー!」
きらきらとした委員長と、何故か嬉しそうなユルゲンを見てさらに目が死んでいく。宗治郎が受け入れられる素地作りを頑張ろうとしても、何故か夢女子が×自分の妄想を繰り広げていると勘違いされて終わるのだ。だいたい、辻褄合ってる!じゃない。だってゲンジツなんだから、辻褄合わせる必要ないよね……と雪凪は遠い目をした。
「はあ……これはもう、いっそ……ぶっ込んでみましょうか……いや……流石にそれは……」
「いやあ、一つの作品が出来上がる手助けが出来て良かったなー!」
「雪凪は文才があるんです!あ、前に書いた
「お、見てえ!今度持ってきてくれよ!」
ぶつぶつと自分の世界に入り込んでいた雪凪は気づかなかった。自らの黒歴史が公開されかかっていることを。そしてそれが史上最大級に事故な状況で公開されることを。軽率に友人のポエムをリツイートするのはやめよう。デジタルタトゥーは一生消えない。
「ふふ……じゃ、時間なんで……行きますね……。」
「さすが!ロールプレイね!入り込んでるわねー!すごいわ!」
「おおお!これがプロのオタクか!」
はは……はは……と引き攣った笑いを浮かべながら雪凪は思った。いや、すごいのは貴方たちですよ、と。普通、友達が現実にまで妄想持ち込んでたら引きますよね?全然引かないどころか応援してくるって…………ふっ、オタクって、これだから、素敵な人たちですよね!うんうん、なら宗治郎君を連れてきてもキットウケイレテクレルヨネ!イヤーヨカッタナー!!フトコロガヒロイ友人ガタクサンイテ、シアワセダナーー!
「いらっしゃい、もうソウジローは来てるわよ?」
「お邪魔します……。」
ペトラは優しく雪凪を迎え入れた。
「フフ、仲直り出来たのね。」
「いや、それはこれからと言いますか……。」
「あら、そうなの?じゃあ、ソウジロー頑張らないとね。」
「??」
「これ以上は、ワタシからは言えないわ?さ、中に入って。」
久しぶりのペトラとクラウスの家。
ドライフラワーと愛らしい小物たちに囲まれた優しい家だ。窓際のテーブルの前に座った宗治郎がこちらを見ている。
(ええと……。)
いつも、どうやって話していたっけ、と頭を悩ます。しかし、雪凪が席に座った途端、口を開いたのは宗治郎の方だった。
「ごめん。」
「…………えっ。」
びっくりした。
宗治郎が、謝った……?とまじまじと顔を見てしまう。そして雪凪は、宗治郎が「謝れない人間」だとは思ったことは無かったが、「謝る場面がない人間」だと思っていたことに気付く。それくらい、宗治郎が謝らなければいけない状況が、想像出来なかった。
「……えーと、ちなみに、何について?」
純粋な疑問からだった。
宗治郎はどうして自分が悪いと思ったのだろうか。
「雪凪が、何に怒ったのか分からないことに。」
その発言を聞いて、雪凪は怒るより悲しくなった。宗治郎は、雪凪の感情が分からなくて、そして、そのことが悪いことだと思って謝ったのだ。自分の人格の否定、みたいだった。
「ううん。私が悪かったんです。その、自分勝手な思い込みで暴走したんです。ほんと、要らない心配というかただのお節介というか……迷惑をかけました。」
居た堪れないけど、逃げちゃだめだ……と宗治郎を見やると、静かな眼差しだった。呆気に取られているように見える。
「心配、か。」
「……ほんと、お門違いで申し訳ないです。」
「いや……その、心配って、されたこと無かったから。雪凪が何に怖がっているのか分からなくて、それで……。」
そこまで聞いて雪凪は真顔になった。
ああ〜そうか〜なるほど〜、完璧超人宗治郎君は基本何でもできて当たり前だから心配とかされない。だから私が何かに怖がっているように見えた、と…………フッ私もまだまだですね……と雪凪は笑った。
「じゃあ、お互い様ってことにしません?お互いのことがよく知れたってことで。これで終わり!どうですか?」
「……うん。」
ほっとしたように笑う宗治郎を見て思った。ああ、変人奇人たちに荒らされていた心が癒されていく……。
「宗治郎君って……癒し系ですよね……。」
多分、その言葉を学園の誰かが聞いていたら、気が狂ったのかと思われ距離を取られただろう。
「私、この度のことで心に決めたことがあるんです。余計なことはしない。首を突っ込まない。暴走しない。これ、すごく大事ですよね?」
「……まあ、そうだ、ね。」
天啓を得た!とばりに手を広げてそう言ったのに、宗治郎の反応は悪い。あれ?面白くなかったかな、と思って心配になる。それが分かったのか、ちょっと困ったように宗治郎は続けた。
「……きっと、僕に関わることじゃなければ、ここまで大事にはならなかったと思うからね。」
「そ、そんな風に思ってたんです?はあ、宗治郎君って、ほんとーーにお人好しですよね。」
「僕にお人好しなんて言うのは雪凪しかいないよ。」
「それに、傲慢ですよ。私の責任を自分の責任にしないで下さい。私のものを盗まないで下さいよ!」
わざと怒った顔を作ると、宗治郎は雪凪の好きな表情を浮かべた。こぼれ落ちるような笑み。安心して、嬉しそうな顔だ。
「あと、もう一度ありがとうって言わせて下さい。助けてくれて……鼻水ついてませんでした?」
付いてなかったよ、と笑う宗治郎。しかし、疑問に思うところがある。何故あのタイミングで電話が鳴ったのか、そしてすぐに宗治郎が現れたのか。雪凪がそう思ったのが伝わったのだろう。宗治郎は口を開いた。(何故伝わったのか、それは宗治郎が宗治郎だからだ、としか言いようがない。)
「雪凪が、事件のこと調べてるって知って、ちょっと保険を掛けていたんだ。」
「い、いつの間に?」
「雪凪の方じゃないよ。ラルフ先輩に。彼が
「…………ソウダッタンデスネ。」
いろいろツッコミたいところはある。まず、思いっきり行動が読まれてる。それにめちゃくちゃ過保護。あと、
「仲直りは終わった?」
と、いう声とともにテーブルに置かれたのは、なんだかものすごく高級そうなケーキだった。この家で出て来るものは基本的にペトラの手作りで、素朴で優しい味のお菓子だ。異質すぎる。
「え?これ、どうしたんですか??」
思わず困惑してペトラを見上げると、彼女は宗治郎の方を見た。
「ソウジローが持ってきたのよ。」
「宗治郎君が……?ま、まさか……!」
雪凪は気付いた。気付いてしまった!
「
「……うん。」
「わああああ!すごい!!!た、食べていい??食べていいよね!いただきまーす!」
お、美味しい!何だこれは?!柔らかな口溶け、広がるアールグレイの高貴な香り、複雑で濃厚、食べ進めるごとに変化していく味……こ、これが!選ばれし者のみ食すことが出来る天上の食べ物なのだろうか!?
「お、おいしいー!!今まで食べた物の何より美味しい!!」
「……そう?グレード5のよりも美味しい?」
「うんうん!全然こっちの方が美味しいですよ!」
えへえへ馬鹿面で笑う雪凪に、宗治郎は嬉しそうな笑みを浮かべた。
学園中枢部。
他の学生寮とは明らかに異なる作り。臙脂の絨毯が敷かれた廊下。揺らめく「魔法」の蝋燭の灯。十三人という定員に明らかに見合っていない、広い作りだ。だから、同じ場所に住んでいると言えど、意図せずには他の住民と出会うことがない。そんな場所である。
「……。」
一人の男子生徒が廊下を歩いている。
早めの夕食をとったところだ。彼は人と群れることが好きではない。食堂が混まないうちに、さっさと済ませてしまうことが常だった。……と、廊下の壁を背にして一人の少年が自室の前に佇んでいた。彼はそれを見て、声をかける。
「何か用か?アマネ。」
「ああ。」
「なら、入れ。」
美しい装飾が施された扉を開き、中へと誘う。部屋の作りはどの部屋も大差はない。広い居間と寝室、それから客室と応接室、バスルーム。十三歳の少年が一人で住んでいるとは誰も思わないだろう。宗治郎の部屋と違うのは、装飾のみだ。彼の、
「で、何用だ?昼間は話せないことか?」
「分かっているだろう?」
「ふ、」
龍は、少しだけ口もとを歪める。宗治郎はそれを無表情に眺めた。
「ミハエル先輩をけしかけたのはお前だな?」
「ふん、あのような輩に、敬称をつける必要はないだろう。」
金色の瞳を細め、嘲ったように龍は言った。
「お前は、何がしたい。」
「分かっているだろう?俺の目的は達成した。」
「そして、用済みのラルフ先輩を告発するつもりか?……やめておけ。」
「お前が言うなら、な。……ふん。なまじ賢い者は、自分だけは騙されないと信じているものだ。」
ここに雪凪がいればこう言うだろう。
ちょっと何言ってるのか分かるようで分かりません。もう少し凡人でも理解できるように言ってください。天上にまします神々の会話じゃないんですから、と。
「……王には、軍隊が必要なのだよ。」
突如、龍は声音を変え、陶酔したように話し始めた。宗治郎は表情を変えぬまま、それを聞く。
「お前がいつまでたってもそれをしないから、手伝ってやったまでだ。」
「僕に王になれと?」
「なるのではない。王とは、生まれたときから既に王なのだ。」
龍は仕方がない、とでも言うように笑う。
「アマネ。お前は、
「………。」
「
龍は艶然とした笑みを浮かべた。中性的な美貌が、擬似暖炉の光に照らされ、その美しさを際立たせている。常人が見れば、その妖艶なまでのオーラに圧倒され、なす術もなく屈服するであろう。しかし、宗治郎は静かな瞳を向けるだけだった。
…………常に冷静で、何事にも動じず、何者にも囚われない。その姿に、龍は「王」を見た。常に誰かの「王」だった龍が、初めて見つけた「唯一の王」……それが、アマネ、だ。と、龍はうっそりと微笑んだ。
「お前の思想は歪だ。いつかぼろが出る。取るに足らぬと思った者に、寝首をかかれるぞ。」
「ふん。やれるものならやってみろ、なのだよ。俺は逃げも隠れもしない。」
「……そうか。」
宗治郎はため息を吐いて立ち上がる。これ以上話しても平行線だと理解したのだ。ならば、もうここにいる必要もないだろう。無駄なものに時間を使うほど、愚かな行為はない、と宗治郎は思っている。
「邪魔をした。」
「ああ。」
かちゃん、
音がしないように後ろ手で扉を閉め、宗治郎は自室へと向かって歩き出す。無駄に長い廊下を歩き、自室にたどり着く。部屋は「魔法」で温められていた。時間になると勝手に明かりもつく。もちろん、カレッジ内だけだ。
「…………。」
暖炉前の大きな一人掛けのソファに腰を下ろす。
黒いガウンが椅子に広がる。
無表情に「擬似暖炉」の炎を見つめる鋭い瞳が、「魔法の光」に照らされると、黄金色に輝いているようにも見える。……………見るものに、畏怖を抱かせる色彩だ。
ぐ、と背もたれに重心を預け、宗治郎は腕を組んだ。
まさにどこかの誰かが歓喜しそうな出立ちである。
「…………あれが、
……考えている内容は、ちょっとアレだった。
「……………………何だよ、
そう言うと、宗治郎は長いため息をついた。それはもう、本当に本当に長いため息だった。
「僕は…………お前らの…………保護者じゃ…………ない…………。」
心からの叫びであった。
それが虚しく部屋に響いて、宗治郎は無性に、薄い水色の少女に会いたくなった。
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