第36話 語り部不在の部屋にて③ ~計画~

 やぁ、いらっしゃい。待ってたよ。

 その顔・・・・読んでくれたみたいだね、この本。

 ああ、もう答えなくてもいいよ。あなたの顔を見れば、わかるから。

 僕も同じだよ。

 レーヌ嬢がこのままでいいなんて、僕は思わない。

 彼女は確かに守護神の掟を破ったけれども、結果起きている事に何も悪い事なんて無いじゃない。

 それにね。

 この本から故意に削除されている事実を、僕は掴んだんだ。

 そして、決めたよ。

 レーヌ嬢を僕たちの国の守護神に戻すことを。


 今、この部屋以外の時間は、ヴォルムに止めて貰っている。

 だから、僕たちの話を聞いている人は、誰もいない。

 もし、あなたが秘密を抱えきれないようなら、今すぐこの部屋から出て行ってくれて構わない。

 どうする?

 そう・・・・やっぱり。

 あなたなら、聞いてくれるだろうと思ってた。だってあなたも、レーヌ嬢の事、慕ってくれているようだから。

 じゃあ、話すよ。いい?

 今から僕が話す事は、誰にも言ってはいけないよ・・・・


 ※※※※※※※※※※


 ただ一度の過ちで

 溢れる想いを その胸に

 あなたは去ってしまったの

 

 あなたが遺した想いの種は

 今でもこの地に根を下ろし

 花を咲かせて待っているのに


 風よどうか想いを届けて

 雨よどうか想いを降らせて

 光よどうか想いを照らして


 この地に咲いたあなたの想い

 色とりどりの花に囲まれ

 笑顔のあなたに 今 会いたい


 ふっ、と空気が止まる感覚。

 気づけばすぐ側に、ヴォルムが立っていた。

 きっと彼は、僕が謳い始めたその時には、この場以外の時間を止めていたのだろう。

 最近では、事の他彼は僕との接触を他の人に知られることを避けているようだったから。

 他の人とは言っても、両王国の人では無いことは明らか。

 なぜなら、このような深夜の川辺に僕以外の姿なんてある訳がない。

 対象は、おそらくレーヌ嬢。

 僕はそう、にらんでいた。


 ”誰を、うたっている?”

「そんなに、気になる?」


 父のリュートを傍らに置き、僕はヴォルムに尋ねた。


「このうたを聴いて、あなたの心に浮かんだのは、誰?」


 ヴォルムは僅かに目を瞠って僕を見たものの、その口は堅く閉ざしたまま。

 分かりやすいと言えば、分かりやすいのかな。

 でも、言いたくないなら、それでもいい。

 きっと、彼と僕の想いは、同じはずだから。


「僕はね、ヴォルム。レーヌ嬢を守護神に戻したいと思ってる」


 黙ったままのヴォルム。

 自分の言っている事がいかに分不相応な事かということくらい、僕にだって分かっていた。

 けれども、その僕の言葉に異を唱えないということは、すなわち。


「協力、してくれるかな?」

 ”その言葉、待っていたぞ”


 やはり。

 いつになく嬉しさが滲むヴォルムの声に、僕は小さく笑った。


 ”して、どのような策を立てている?”

「ごめん、それはまだ。さすがに僕ひとりではとても考えられそうもないし。だから、信頼できる仲間に力になって貰おうと思ってる」

 ”可能な限り、少数がよい”

「それは、分かってる」


 掟を破り任を解かれたかつての守護神を復活させたいなんて、誰がそんな夢物語に付き合ってくれるものか。

 それも、秘密裏に。

 誰彼構わず話したところで、頭のおかしい奴扱いされるのが、関の山だろう。

 彼ら以外であれば。

 そう。

 僕は、この計画を共に実行する仲間を、既に決めていた。

 エト、ユウ、ブルーム、ヨーデル。

 彼らなら口も堅いし、必ず僕の力になってくれる。

 根拠なんてどこにもない。強いて言うなら、僕の勘。


 レーヌ嬢に与えられた力を使って、多大な犠牲を払いながらも、現王・現女王はこの王国を守り切った。

 今、僕たちが平和を享受できているのは、王家の決断と力によるところが大きいのだろう。

 8年前のあの日。

 僕たちが教えられてきた『両王国に途方もない厄災が降りかかる危機』とはおそらく、他国からの侵略だ。

 何故、現王・現女王は、この事実を隠したのだろうか。

 本当は、何が起こり、どのような経緯を経て決断が下されたのか。

 この点僕は、若干ではあるけれども、王家に対して疑念を持っている。


 だから本当は、王家の人間は外したかったところだけど、いざという時に王家の人間の動きを知るためには、1人くらいはこの計画に引き込む必要がある。

 その点、ユウ王子ならばうってつけだ。

 なにしろ、彼は『天然浮気者』の異名を持つほど、人の懐にいつの間にか入り込み、笑顔と本音を引き出してしまうのだから。

 それに、この計画の完遂にあたっては、最終的にレーヌ嬢自身の想いの確認も必要になると思う。

 真面目なレーヌ嬢の事だから、罪に対する罰を甘んじて受け続けると、そう答えるに決まっている。

 本心では、誰よりも愛するこの双子の王国を、守護神として再び守りたいと、そう思っているに違いないのに。

 でも、ユウになら。

 レーヌ嬢も、本心を見せてくれるんじゃないかと思って。


 そこまで考えてふと、僕はあることを思いついた。


 レーヌ嬢の本心を引き出すには、ユウより適任がいるじゃないか。

 僕の、すぐ隣に。


「ねぇ、ヴォルムの前の契約者って、レーヌ嬢でしょう?」

 ”むぅっ・・・・”


 YESともNOともつかない唸り声を上げて、ヴォルムは黙り込む。


「ヴォルムにとっても大切な存在だったんだね、レーヌ嬢は」

 ”仲間とやらが決まったならば、我を呼ぶがいい”


 そう言って、ヴォルムは唐突に姿を消した。


「・・・・やっぱり、逃げた」


 ヴォルムが消えたと同時に、止まっていた空気が動き始める。


「さて、と。これから少し、忙しくなりそうだな」


 父のリュートを手に立ち上がると、僕は城への道を戻り始めた。


 ※※※※※※※※※※


 ごめんね。

 あなたから、レーヌ嬢を引き離す計画を、僕は実行しようとしている。

 恨んでくれてもいいよ、僕を。

 でも、もしこの計画が成功して、レーヌ嬢があなたから離れしまうことになったとしても。

 どうか、レーヌ嬢のことは恨まないでほしい。

 彼女は守護神に戻るべきなんだ。

 誰よりも愛している、双子の王国の守護神に。


 この計画の事は、あなたにも聞く権利があると思う。

 だからまた、進捗を報告しに来るね。

 え?

 なんで腐れ縁のライトを仲間に入れないのかって?

 だって彼は、チェルシー女王に忠誠を誓っている騎士だからね、あれでも一応。

 ダメでしょ、忠誠を誓っている騎士に、女王に秘密の計画の片棒なんて担がせてしまったら。

 それに・・・・正直、ライトは暑苦しいから、ね。


 もう、行かなきゃ。そろそろレーヌ嬢が帰って来る。

 じゃあ、またね。

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