第32話 ヒスイのエトワール~影の記憶~ 1/3

 あらっ、いつからいらしていたのですか?!

 ごめんなさいね、つい、考えごとに更けっておりまして。

 いえ、何やらここ最近、王国内がザワついているように思うのです。

 国民ではなく、なんと申し上げれば・・・・空気、そう、王国中の空気が。

 ヴォルムが現れてから、なのです。一体彼は何を考えているのでしょうか。


 でも、心配ございませんわ。

 ヴォルムの現在の契約者は、ヒスイ様。

 ヒスイ様のことでしたら、よく存じ上げております。あの方がおかしな事をなさるはずはございませんから。

 さて。

 それでは、お話を始めましょうか。

 ユウ王子の影とヒスイ様。そして、ブルーム様のお話を。



 ※※※※※※※※※※


 わたしの星は 消えてしまった あの夜の 別れと共に

 夜闇を照らす光を失い 何を標に歩めばいいの

 泣いて追いかけ 縋れば良かったの 貴方の背中を ただ見つめてた

 わたしは幼く あまりに幼く

 消えてしまった星はもう 二度と夜空に瞬くことなく

 わたしの星は 消えてしまった あの夜の 別れと共に

 消えゆく定めを知ることも無く

 手を振るわたしに 笑顔を向けて


 ヒスイと出会い、彼の歌を耳にしてからというもの、ヒスイに『エト』と名付けられたユウ王子の影は、頭の中に靄がかかったような感覚を抱えていた。

 その靄の中にはきっと、失くしてしまった幼い日の記憶がある。

 大事な事が、その中には隠されている。

 そんな感覚。

 けれどもあと少しのところで、思い出すことができない。

 靄を払いきることが、できない。

 ここ最近めっきりユウ王子の外出が減った事もあり、エトはもどかしい気持ちを抱えたまま、ひっそりとギャグ王国内の一室で毎日を過ごしていた。


「ヒスイ・・・・今度はいつ、わたくしに会いに来てくれるのですか?」


『じゃあね、エト。また来るよ、あなたに会いに』


 ヒスイが言った言葉が、頭から離れない。

 ヒスイは確かに、エト自身に会いに来てくれると、そう言ったのだ。

 このギャグ王国では、何不自由の無い暮らしはさせて貰ってはいるものの、エト本人に会いに来てくれるのは、マイケル国王、カーク王子、ユウ王子の3人のみ。

 ユウ王子の【影】という存在を外部に漏らすことはできないのだから、致し方無いとは思いつつも、エトはずっと虚しかった。

 自分はまるで、空気のように透明で、誰にも認識されていないことが嫌という程に分かってしまうから。

 ユウ王子が結界の外に出て居る間は、代わって来客対応などを行う事もあるが、やってくる人は皆、ユウ王子に会いに来ているのだ。

 決して、エト自信に会いに来ている訳ではない。

 分かってはいても、一度感じてしまった虚しさは、そう簡単に拭えるものではなかった。


「あなたにとってもやはりわたくしは、空気のように透明な存在なのでしょうか?」


 バルコニーに出て夜空を見上げると、そこには満点の星が輝いている。


『あなたは今日から『エト』。由来は星。エトワールの『エト』。どうかな?』


 そう言って笑顔を見せたヒスイを想い、エトの目から涙が零れ落ちた。


「見てくれる人がいなければ。見つけてくれる人がいなければ、そこに確かに存在する星だって星とすら認識もされない。あなたが見つけてくれたわたくしは、あなたが見ていてくれなければ、星でいることはできないのです」


 手を伸ばせば取れそうな錯覚さえ覚えるのに、伸ばした手が触れるのは、ただ空気のみ。

 握りしめた手の中には、何もない。


「何も、ない・・・・わたくしにはやはり、何もない。わたくしは、ただの空気。空気に過ぎない。一生を空気として生きて行くのでしょう。それならばいっそ、星になど、ならなければ。あなたになど、会わなければ・・・・」



 沈んだ気持ちで、エトがバルコニーの手すりに突っ伏したちょうどその時。

 その真下では、2人の人間が揉めていた。


「嫌だ、怖い」

「大丈夫だよ、僕を信じて」

「ヒスイの感覚と僕の感覚が同じだとは思えない」

「それは僕も同感だけど?」

「だいたい、ここからあそこへどうやって上がるっていうの?目の前、壁しか見えないよ?」

「だから、それは秘密」

「断る。何かあったら、ライトが心配する。僕はライトに余計な心配をさせたくない」

「ライトにはバレないよ。絶対に、ね」

「どうしてそんな事が言えるの?絶対なんて、それこそ絶対に」


 ”何をしている?”


 一陣の風とともに突然姿を現した時の精霊ヴォルムに、ブルームは目を見開き、口をポカンと開けたままヴォルムを見つめる。


 ”ヒスイ。我は待つことは好まぬ”

「悪いね、ヴォルム。僕もブルームがこんなに頑固だとは思わなくて。でもきっと今なら大丈夫。ゼム、お願い。ブルームと僕をエトの部屋のバルコニーまで」


 ヴォルムの背に隠れるようにして浮いていた風の精霊ゼムは、ヒスイの言葉に一瞬強い光を放つと、巻き起こした風でヒスイとブルームの体を掬い上げた。

 そしてそのまま、2人をエトのいるバルコニーへと押し上げる。

 あっという間の出来事に呆然としているブルームをよそに、ヒスイはゼムへ声を掛けた。


「ありがとう、ゼム。また帰りに頼むね」


 ヒスイの言葉に、ゼムはフッと姿を消した。


「なっ、何っ?!今の、なに?!あれってもしかして、風の精霊っ?!精霊と契約できるのは、王家の方だけなのでは・・・・」


 ようやく我に返ったブルームが、今度は軽いパニック状態に。

 苦笑を浮かべながら、ヒスイはブルームの肩に両手を置いて、言った。


「ブルーム、落ち着いて。とりあえず深呼吸しようか。はい、吸って、吐いて。吸って、吐いて。・・・・どう?落ち着いたかな?」

「う、うん。そうじゃなくてね、ヒスイ。僕が知りたいのは」

「さて、早速だけど、今日はあなたに僕のエトワールの絵を描いてもらいたいんだ」

「はっ?」

「僕前に『僕のエトワールの絵を描いてほしい』って言ったと思うんだけど」


 ブルームの肩から手を離し、ヒスイは部屋の中へと視線を向ける。


「あれ?・・・・いない」


 首を傾げるヒスイに、ブルームは細かく震える指でヒスイの後方を指さし、言った。


「ヒスイのエトワールって・・・・ユウ王子なのっ?!」


 振り返ったヒスイの視線の先。

 頬に涙の跡が残るエトが、目を見開いたまま呆然として、ヒスイとブルームを眺めていた。



 ※※※※※※※※※※


 ユウ王子の影にとって、ヒスイ様は唯一、ユウ王子の影ではない『自分』を見つけてくれた存在、なのでしょうね。

 それにしても、ヒスイ様は一体何をお考えなのでしょうか。

 ヴォルムの力が影響しているせいでしょうか、近頃ではヒスイ様のお姿が時々見えなくなる時があるのです。

 少し、不安ではございますが。

 もしかしたらあなたにならば、ヒスイ様もなにかをお打ち明けくださるかもしれないですわね。

 何しろ、ヒスイ様はすっかり、あなたのことをお気に召したようでしたから。

 その際にはどうか、お話を聞いて差し上げてくださいな。

 では、続きはまた。

 よろしければ、おいでくださいね。

 ごきげんよう。

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