第30話 ヒスイとライトの腐れ縁 2/2
ごきげんよう。
今回は、ヒスイ様とライト様のお話の続き、でしたわね。
前回は、気になるところで終わらせてしまって、ごめんなさいね。
でもすこし、落ち着きましょうか。
お茶でもいただきながら。
それでは、落ち着かれたところで、お話の続きを・・・・
※※※※※※※※※※
毛足の長い絨毯が無ければ、ライトの体にはかなりの痛みが走ったに違いない。
「あっ・・・・」
とっさの事とは言え、自分の取った行動に、ヒスイは呆然として床に倒れているライトを見つめた。
一方、瞬く間に起こった出来事に、何が起きたか理解することができず、ライトは体を起こし、呆然として立ち尽くすヒスイを見つめる。
服の上から掴んだヒスイの腕の感触は、明らかに鍛えられた腕ではなかった。
にも拘わらず、今ここに、ヒスイに投げ飛ばされたとしか思えない自分がいる。
「ヒスイ、お前いったい」
立ち上がり、再度ヒスイに腕を伸ばしたライトだったが。
その腕をスルリと躱し、ヒスイは壁を背に防御の姿勢で身構え、ライトから距離を取っていた。
「待てっ!」
その後何度もライトはヒスイを捕まえるべく、広い客間内を追いかけ回したものの、結局捕まえることはできずに、小一時間ほど追いかけっこを続けた挙句に、疲れてソファに倒れ込んだ。
「はぁっ、はぁっ・・・・くそっ!」
「ふふっ」
ライトの向かいのソファに腰をおろしたヒスイが、へたり込むライトの姿に小さく笑いを漏らす。
荒い息のまま、細く開いたライトの目が見たのは、笑顔を浮かべるヒスイの姿。
「なんだ、よ。そんな顔も、できるんじゃない、か」
「えっ?」
「楽しかった、か?」
「まぁね」
「それは・・・・なにより」
倒れ込んだままのライトに構わず、すっかり冷めてしまったお茶で喉を潤すと、ヒスイは独り言のように話し始めた。
「僕は、自由でいたいんだ。母がうるさいから仕方なく着ているけど、本当はこんな窮屈な格好なんてしたくないんだ。こんな髪型だってしたくないし。父はきっと望んでいるんだろうけど、僕は父の跡を継ぐ気も無い。時間に縛られるのも、しきたりに雁字搦めにされるのも、全部ごめんなんだよ」
「結構、わがまま、なんだな」
「・・・・わがまま?」
ようやくのことで体を起こし、ソファに座りなおすと、ライトは言った。
「おれの母はおれが小さい時に亡くなってる。おれは、母の記憶なんて、ほとんど無いよ。ヒスイは間違いなく、お母さんに愛されているじゃないか。それに、お父さんにも。おれの父はロマンス王国国立騎士団総隊長なんだ。おれの父は立派な人だ。父としても、騎士としても。おれは、いつか父みたいになりたいと思ってる」
「そ」
「なぁ、さっきのあれは、なんだ?」
「あれ、とは?」
「自慢じゃないが、おれは同年代の奴らに勝負で負けたことなんて無いんだ。なのに、さっきは気付いたら床の上だ。こんなことは初めてなんだよ。もしかしてヒスイは、何か武術の心得みたいなものがあるのか?」
「護身術」
興味のなさそうな声でそう言い、ヒスイは先ほどライトが勧めてくれたお菓子を口にした。
(確かに、美味しい)
余りの美味しさに、思わず頬が緩んでしまう。
「護身術?」
「僕の父は、結界師の力を持っているんだよ。でも僕は、結界師の力を受け継がなかったんだ。だからせめて、自分の身は自分で守れるようにって、父に叩き込まれたんだ。・・・・別に、今この国に危機が迫ってる訳でも無いだろうに、さ」
「それは違うよ、ヒスイ」
顔から笑みを消したライトが、真っ直ぐにヒスイを見る。
「危機なんて、突然襲ってくるものなんだ。親切に『今から行きますよ』なんて教えてくれる危機なんて、絶対に無い。ヒスイのお父さんは、正しいし、優しい。おれは、そう思うよ」
「何も知らないくせに」
「じゃあ、こうしよう」
突然ソファから立ち上がり、ライトは言った。
「今度おれと勝負しよう。おれが勝ったら、おれが言っている事が正しいって認めてよ」
「それ、僕になんのメリットがあるの?」
「勝負だぞ?楽しいに決まってるじゃないか!」
ヒスイが見上げた先。
そこには、片えくぼを浮かべた、ライトの満面の笑顔。
(変な奴。嫌いじゃないけど)
ソファに腰かけたままニヤリと笑うと、ヒスイは言った。
「気が向いたら、ね」
「行くぞっ・・・・わっ!」
木刀を構え直し、声と共にヒスイへと向かって行ったライトの体が、一瞬にして宙に舞う。
「ってぇ・・・・少しは手加減しろよ、ヒスイ」
「無理。だいたい、攻撃するときに『今から行きます』なんてわざわざ教えるお人好しが、どこにいるのさ」
「不意打ちは卑怯じゃないか!」
「作戦のひとつ、でもあると思うけど?」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべるヒスイに、ライトもニヤリと笑い返す。
「いい顔するように、なったじゃないか」
「えっ?」
「不機嫌そうな顔より、ずっといい」
「なっ・・・・」
立ち上がって笑顔を見せ、
また来るなっ!
という言葉を残し、ライトは木刀を肩に担ぎ、呆気にとられているヒスイをその場に残して公園を走り出て行く。
「もう、来なくてもいいんだけど」
小さく呟き、ヒスイは再び淡い栗色の髪を風に遊ばせながら、風たちの奏でる音に耳を傾けた。
(僕はもう、ライトの方が正しかったってことくらい、とっくに認めてるんだから、さ)
※※※※※※※※※※
ヒスイ様は何と申しますか・・・・そう、難しい性格をしていらっしゃるので。
ライト様のように、分かりやすい性格の方が意外に、合うのでしょうね。
抱えた不満を胸に心を閉ざしていたヒスイ様は、ライト様の真っ直ぐな性格に触れて、心をお開きになったのだと思います。
・・・・ここだけの話、実はライト様は、今でも一度もヒスイ様に勝てた事が無いのですよ。
ふふふ、ライト様の名誉の為に、このことはどうぞ内密にしてくださいませね。
そうですわね、次回はライト様のお話にいたしましょうか。
ライト様と言えば、ブルーム様。
ブルーム様と、ライト様の出会いのお話を。
よろしければ、またおいで下さいな。
お待ちしております。
それでは、ごきげんよう。
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