第2話 ねぇ、この後一緒に飲み直さない? 私の部屋で

「遅せぇぞ! 流川るかわ! 女の子を待たせるんじゃねえよ!」


 セイント・ビッチホテルに到着したのが十九時五十八分だった。ホテルに着いたことを山崎に連絡をすると四十九階にあるレストランに来いと言われ、僕はエレベーターに乗り四十九階に向かった。

 四十九階に着くまでに三分かかった。

 エレベーターを降りるとすぐに山崎と目が合った。

 ギリギリ間に合わなかった僕はイライラした様子の山崎に詰め寄られた。 

 簡潔に今の状況を説明するとそんな感じだった。


「ご、ごめん……でも、あんなギリギリに……」

「うるせぇ! 口ごたえすんな! あの写真ばら撒くぞ!」


 山崎は僕のことを睨みつけてきた。


「そ、それだけやめて……ください」

「チッ。早く行くぞ。もう集まってるんだからよ」

「あ、集まってるって、何……?」

「合コンだよ。合コン。お前は、今日来れなくなったやつの埋め合わせだよ。よかったな。お前みたいな陰キャが合コンに参加できてよ。てか、なんだよそのダサい服。中学生レベルかよ。ダサ。まぁいいか。その分俺たちが引き立つし。せいぜいお持ち帰りできるように頑張るんだな」


 僕のことを馬鹿にしてケラケラと笑った山崎はレストランの中に入って行った。


「は? 合コン。マジで言ってんのかよ……」


 僕は今すぐにでも家に帰りたくなった。

 だけど、そんなことをしてしまったら、あの写真がばら撒かれてしまう。

 そうしたら、僕の人生は終わりだ。

 結局、僕に残された選択肢は、その合コンに参加するしかないというわけだ。


「はぁ~」


 大きくため息をつくとしぶしぶレストランの中に入った。

 レストランの中に入ると、すぐに山崎たちのことを見つけることが出来た。他のお客さんは静かに食事を楽しんでいたのに、山崎のいるテーブルだけが、うるさいくらいに大きな声で話していたからだ。そんな山崎たちにチラチラと迷惑そうに顔を向けているお客さんもいた。


 あの中にこれから僕も混ざるとなると憂鬱だった。

 そう思ってレストランの入口で立ち止まっていると「早く来いよ!」と山崎が大きな声で手招きをしてきた。

 そんな大きな声で僕のことを呼ぶなよ、と思いながら山崎のいる席に向かった。


「よ~し。これで全員揃ったな! じゃあ、早速始めちゃいましょうか! 合コン!」


 僕以外の七人はすでに飲み物を頼んでいたようで、それぞれ右手にお酒の入ったグラスを持っていた。 

 今来たばかりで飲み物のない僕は仕方なく初めから席に置かれていた水を手に持った。


「それでは皆さん。今日は楽しい夜にしましょう! 乾杯~」


 山崎の乾杯の音頭に七人がグラスを鳴らしあった。僕と乾杯をしてくれる人はいないようだ。


「一人だけ遅く登場するなんてヒーローみたいじゃん」


 誰も乾杯をしてくれないと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。

 前の席の四人の中で一番色っぽい雰囲気を醸し出している女性が微笑んで僕に向かってグラスを差し出してくれていた。 


 茶髪のセミロングは巻き髪にされていて、パッチリ二重大きな目はつり目気味で、真っ赤な口紅を塗った唇は妖艶に輝いている。煌びやかな真っ赤なドレスを着ていて、その胸元は大胆に開いている。その美しい顔から少し視線を落とすと谷間が目に飛び込んでくる。

 どことなく隣の奈美さんに顔が似ているような気がするのは気のせいだろうか?


 そう思いなら僕はその谷間に視線を落とさないように気を付け、差し出されたグラスに自分のグラスをぶつけて乾杯をした。 

 合コンの参加者は僕を含めて八人。男性が四人。女性が四人だった。男性側の方はみんな知っている。山崎の友達だ。要するに陽キャ。女性側はおそらくどこかの大学から呼んだのだろう。四人の中で、僕の前に座っている女性が一番美しいと思った。


「じゃあ、とりま自己紹介しようぜ!」


 山崎が立ち上がってそう言うと、彼から自己紹介を始めた。


山崎凰太やまざきこうた。大学四年生。趣味はサーフィンとスノボー。よろしく!」


 そう言うと、山崎はそれからいくつか雑談を交えて自己紹介をして女性陣を笑わせていた。

 自己紹介は男女交互に行うことになった。

 山崎の自己紹介が終わり、その前の女性の自己紹介が終わり、という風に進んでいき僕の番になった。席から立ち上がって小さな声で言う。


「えっと……流川……誠司です。大学四年生です。よ、よろしくお願いします」


 僕は名前と学年だけ言うと座った。

 それ以上は何も言うつもりもなかった。


「おいおい。なんだよそのつまんねぇ自己紹介は。そんなんじゃお前のこと何も分からないだろ。だから、代わりに俺がお前のことを言ってやるよ。こいつは見ての通りの陰キャ。服なんか見てみろよ。ダサすぎるよな」 


 しかし、山崎が勝手に僕のことを話し始めた。

 それも僕のことを馬鹿にするように。 


「こいつとは高校からの付き合いだけどよ。とにかくダサいやつでよ……こいつ明日が誕生日なのに彼女いないんだぜ。だから、可哀想だからこの、合コンに誘ってやったってわけ」

「え〜可哀想〜。私が相手してあげようかな〜」

「やめとけやめとけ。こんなやつの相手をするくらいなら、俺の相手をしてくれよ〜」

「あはは、それもそうね〜」


 山崎とその向かいの席の女性が大きな声で笑う。それに釣られて他の参加者(僕の目の前の女性以外)も笑っていた。

 それからも山崎は僕のことをこ馬鹿にし続けた。それはどのくらいそれは続いただろうか。

 僕の評価を下げながら、自分たちの評価を上げるのが彼らの作戦なんだろうが、それなら作戦は成功しているだろう。

 僕なんかと比べれば、他の三人はそれなりにイケメンだし、身につけているものだった一級品ばかりだから。


(あんな写真さえ撮られなければ・・・・・・)


 そう心の中で呟いた僕は頼んでいたアルコール度数の一番低いお酒をちびちびと口に運んでいった。お酒は得意な方ではないが、お酒でも飲んでないとこの場にいるのは厳しすぎた。


 まだまだ僕のことを馬鹿にする話が続くかと思ったが、僕の前の女性がテーブルに頬杖をついて「ねぇ、その話いつまで続くの。つまんないんだけど」と言った。

 その瞬間、今まで笑っていた六人は固まった。

 しかし、すぐに山崎が苦笑いを浮かべて言う。


「ですよね〜。こいつの話なんてしててもつまんないですよね〜」


 それに女性三人は笑っていたが、僕の前の席の女性だけは笑わなかった。


「私が言ったのはそういう意味じゃないわよ。人を貶す話なんか聞いてもつまんないって意味。話すなら自分のいいところを話しなさいよ。他人を貶して自分の評価を上げるくらいなら、自分のことをアピールして評価を上げなさい。まぁ、それができないから、他人を貶すんでしょうけどね」


 山崎に向かってそう言い放ったその女性は「つまんないから私は帰るから」とテーブルに一万円札を置いて立ち上がり、僕にウインクをするとレストランの出口へと歩いていった。


(なにその意味深なウインク・・・・・・)


 僕に向けられてそのウインクの意味を考えていると、「流川! お前もう必要ないから帰れ! お前のせいで白けただろ!」と、相変わらず自分勝手な山崎にそう言われた。


「わ、分かったよ……」


 この場からとっとと立ち去りたかった僕には好都合だった。

 僕はあの女性と同じようにテーブルに一万円を置くと立ち上がってレストランを後にした。

 あいつが勝手に追い出したんだから、あの写真はばら撒かれることはないだろう。


「あの女性に感謝しないとな」


 そう呟いてエレベーターに向かおうとしたら、あの女性がソファーで足を組んで座っていた。真っ赤なドレス、美しい容姿、抜群のスタイル、その場にいるだけで存在感を放っている彼女はその場にいるほとんどの男性の視線を奪っていた。


「あ、来たね♪」


 どうやら僕のことを待っていたみたいようだ。僕と顔が合うとニコッと笑って手を振るとこちらに向かって歩いてきた。

 その歩き姿がとても優雅で、思わず見惚れてしまうほど美しかった。


「上手く抜け出せたみたいね」

「もしかしてあのウインクって・・・・・・」

「そういうこと♪」


 あの意味深なウインクにはそういう意味があったのか。

 実際には追い出されたわけだけど、もしかして僕を助けようとしてくれたのだろうか。


「抜け出せったていうよりは追い出された感じですけどね」

「あら、そうなの。まぁ、よかったわね。あんなくだらない会から抜け出せれて」

「あの、ありがとうございました。あなたのおかげです」

「別に私は自分が思ったことを言っただけよ」

「なんか、カッコいいですね」


 本当にカッコいい。僕も思ってることを口に出せたら、何年もあいつにこき使われなかっただろうな。 


「きゅん♡」

「何か言いましたか?」

「ううん。なんでもないわ」


 何か言ったような気がしたが気のせいだったようだ。


「それより、追い出されたってことはこの後、暇よね?」

「まぁ、そうですね。特にやることもないので歩いて家に帰ろうかと……」

「ねぇ、この後一緒に飲み直さない? 私の部屋で」


 その声はどこまでも甘く、僕の脳を痺れさせた。

 だから僕は「えっ……」と驚くことしか出来なかった。

 

 

☆☆☆


 その男の子が遅れて登場した時、私の中の何かが反応した。

 そして、彼の名前を聞いたときに私は確信した。

 彼があの子の言っていた相手だと。

 自己紹介を終えて席に座った彼のことを私は観察するように見ていた。

 すると、山崎という男が彼のことを馬鹿にするような発言をしだした。

 聞くに堪えなかった。

 あの子の好きな子を馬鹿にされてると思うとだんだんと腹が立ってきた。

 だから、私は自己紹介をする前に帰ることにした。

 もちろん彼に助け舟を出してから。

 そして、私の目論見通り彼がレストランから出てきた。

 追い出されたというのは予想外だったが、正直どちらでもよかった。

 彼をあの場から遠ざけるのが目的だったから。

 それにして、なんで彼は合コンに参加したのだろうか。

 あの子から聞いていた話と席に座っている時の彼の浮かない顔を見てそう思った。

 彼が進んで合コンに参加するとはとても思えなかった。 

 その理由も気になるが、とりあえず今は彼を無事に家まで送り届けることが最優先。

 あの子はこのことを知っているのだろうか。

 そう思った時だった。

 彼が不意に「カッコいいですね」と言ったのは。

 不意に言われたありきたりな一言なのに私の心を虜にした。その言葉はなぜか私の心を鷲掴みにした。恋の始まりなんてそんなもんだ。そこに明確な理由なんてない。ふとした瞬間、言葉、行動にその人のことを好きになる。

 そうやって私は今まで何人もの男と付き合ってきた。しかしこんなにも心臓がドキドキと高鳴っているのは初めてのことだった。

 これはどういうことだろうか?

 もしかして私がこれまでにしてきた恋は恋ではなかったのだろうか?

 その理由は分からないし、どうでもいい。

 ただ、確かなのは私も誠司に恋をしてしまったということだ。

 誠司の顔を見るだけで子宮がきゅんと疼いてしまう。

 そうと分かれば作戦変更。

 心の中で「ごめんね。でも許してね。明日の朝にはあなたに返すから」とあの子に謝ると、私は部屋で一緒にお酒を飲まないかと誠司のことを誘った。

 誠司は驚いた声を上げていたが、私は気にすることなく、誠司の手を握るとエレベーターに乗り最上階の部屋へと向かった。

 実は、合コンでいい男がいたらそのままホテルでヤるつもりだったから、私は最上階の部屋を予約していた。

 さっきの言葉を聞くまでは誠司とそうなるつもりはなかった。しかし、私の心も下半身もすでに火がついてしまった。もう、この気持ちを止められそうになかった。

 


☆☆☆ 


 

 

 

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