第111話 嗚呼、ついに私の破滅がやって来た……。
「うそでしょぉ。この年になって迷子なのぉ!?」
水中で水を掻くように両腕を大きく動かす。
地面を駆けるように両足を交互に動かす。
高く飛び上がるように全身のバネを使って跳ねる動きをする。
どの動きをとっても、身体は黒い泥濘にふわふわと纏わりつかれるだけで、位置を変えている感覚が無い。
しかも、さっきの咆哮以降、黒い流れがなんだか激しくなっている気がする。
そしてついには、黒い魔力の流れに押されて上下左右揉みくちゃに振り回され始めた。
――うぐっ、頑張れわたしの三半規管っ!!まさか乾燥機でぐるぐる回る洗濯物になった気持ちを、転生してから味わうなんてっ!!
一瞬、纏う魔力を解除すれば再び落下へと動きが変わって、この錐揉み状態から抜け出せるかと思ったけれど、すぐにそれは思い直して止めた。防御力無しで直の魔力に中てられたら、錐揉み浮遊と嫌悪のダブルの吐き気で、今度こそ本当に動けなくなってしまう。そんなことになったら、救助の期待出来ないこの場では詰む。
「けど、なんとかしなきゃ。どっかに端っこはあるはずなのよ。ブラックホールじゃなくって獅子の形をしてるんだし」
わたしは諦めずに全身を動かして、移動を試み続けた。
――――どれだけ動き回ったか忘れた頃
黒い魔力の中に、道を示すようにぽかり・ぽかりと光の模様が灯り出した。
浮かび上がる微かな光の模様は、円の中に複雑な模様が描かれた魔法陣。この世界では見た事のないモノだけれど、前世のわたしが創作物で目にしていたあんな感じ。
魔方陣の集まる場所に近付くと、帝石と良く似た黒くて滑らかな表面に、わたしの身長ほどの高さのある卵形の石が浮かんでいた。
『 ……さい ごめ……さい ごめんなさい 』
わたしじゃない誰かの声がして、思わず他にも獅子の中に捕らわれた人がいるのかと目を凝らすけど、すぐにそうじゃないと思い至った。上空から近付く獅子の体内に入り込めた人間なんて、今のところわたし達しかいない。そして、こんな風に謝る殊勝な心根の人間は、その中には居ないわけで。
声は、石から聞こえている。
「誰なの?何に謝ってるの?」
わたしの問いに答えはない。
そのかわりに、どんな表情よりも雄弁に悲痛を伝える声が響いてきた。
『 嗚呼…… ついに、私の破滅が やって来た…… 何と、ままならない…… 口惜し……や…… 』
絶望に染まった言葉が途切れるのと同時に、周囲の泥濘の流れが一層激しさを増した。
台風で増水した一級河川の濁流の
――まずいまずいまずい!!!現在地が分からない上に、上下も分かんないし、その上こんなグルグル振り回されたんじゃあ、物理的ダメージが大きすぎるわ!?このまま掻き混ぜ続けられたら乙女にあるまじきことになっちゃうんだけどぉ!?それに破滅って何よ、わたしのこと?初対面の相手に破滅呼ばわりなんて失礼すぎない??
内臓と気持ち、両方のムカムカで、わたしは多分、いつも以上に物が考えられていない。
思い通りに行かない現状、一歩たりとも自由に動けない状態、向けられた謂れの無い
そんな状態だったから本能のまま、わたしは苛立ちを解放した。
泥濘の中、もがきにもがいて黒い石に何とか取り付く。随分時間がかかった気がするけど、そもそもここから出ることも戻ることも出来ない、限り無く詰みな状態。募る苛立ち。紛らわせるものも無い。気を使うべき衆目なんて皆無。
ひたり
と、ようやくの思いで、黒い滑らかな表面にわたしの右手が届く。
「ふふ……ふふふ……つーかまーえた―――」
軽く息を弾ませながら、沸き上がる歓喜を抑えきれずに声を掛けると、意思もないただの塊かと思われた黒い石は、ふるりと震えた気がした。周囲では、黒い魔力がさらに激しくうねり始める。
「自分だけが」
やっと石に触れられた片手の指先に、逃してなるかとグッと力を込める。
「思い通りにならない」
ひたり
と、もう片方の手も卵形の側面に添えて、がっちりと石を挟み持つ。
「悲劇の主人公だと思ってんならっ!ちゃんちゃらおかしいってのよ―――――!!!」
両手、いや身体中に力を込めて全身を捻りながら、あらゆる筋肉、そして身体強化の魔力も総動員して、ありったけの力を込めたわたしはおもむろに――――
黒い石を、投げた。
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