第109話 ちょっとでも良い恰好を見せるぞ作戦決行ね!
フージュ王国を担う国王、王子、宰相の3人が獅子に潰されてしまった。
しかもわたしが乗ってる獅子で。
「いぃやぁぁぁぁ――――――!!!」
「子猫ちゃん、落ち着いて?3人はどこも怪我してないから」
最悪の事態を想像して叫ぶわたしに、ポリンドが安心させるような笑みをつくって声を掛けて来る。
ご令嬢なら誰しも血を見たり、傷ついたりする場面に遭遇するだけで卒倒するような繊細な人たちも多いことだろう。
――けど今は、そんな刹那的な感情ごときで叫んでいる場合じゃないから!!
「分かってる!魔力の塊だから物理的に押し潰せないのは分かった上でのパニックなのよっ!!未遂とはいえ王国の現重鎮を攻撃したのよ?国家反逆罪とか、無理・ダメ・冗談じゃない――――!!商売が出来なくなっちゃうぅぅぅ!!!」
「えぇぇ―――――……」
ポリンドの気遣う優しげな瞳が、ドン引きな感情を隠しもしない胡乱なものに変わる。
「命に別状が無いのを瞬時に理解すると同時に、思考は商会のこと一色になってるもんねー。この判断力は凄いと思うんだけど」
「素早い現状把握能力と切り替えの早さは、確実に桜の君の独自の魔力操作や体術において遺憾なく発揮されておりますからね。素晴らしい」
ハディスは、ぺしゃりと獅子の背に張り付いたままのポリンドを座らせて、どうどうと背中を擦る。わたしは労わってくれないの!?と視線を送れば、苦笑しながらこちらに向かって来る。
「大丈夫だよ。僕や兄さんが一緒にいるから、セレが疑われることはまず無いからさ」
「そうですよ、王弟達による王位簒奪が行われたとする方が現実味があります。男爵家の令嬢である桜の君を主犯と疑う見方はまずないでしょう」
なるほど、と納得はするけどそれはそれで問題がある。2人がそんな風に疑われたら、わたしに釣られてこの場に来てしまった彼らに申し訳なさすぎる。だから、主目的を『調査』から獅子を止めて王様たちを助ける方向に、切り替えなきゃいけなくなってしまった。
「……ちょっとでも良い恰好を見せるぞ作戦決行ね」
「桜の君?」
「嫌な予感がするんだけどぉ?」
わたしの呟きを拾った護衛ズが、方や笑顔、今一人は眉根を寄せて嫌な予感に顔を引き攣らせる対照的な反応を返してくる。
「まずは王様たちの無事を確認したいわ!緋色ネズミさんは居る!?」
『ぢぢ』
問いかけに即座に返事が返ってきた。頭の上に特大の1匹がいたのをすっかり忘れていた。けれど、いつもなら何匹もわらわら集まって来る小ネズミ達は居ないみたいだ。取り敢えず文字伝達を頼んでみると『ぢっ!』と、わたしの足元に飛び降りて、小さな片腕を持ち上げ、任せとけ的な視線をこちらに向けて来る。わたしは空中に文字を示して、無事なら反応を返してほしい旨を書き綴る。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ものは試しです!ヤル気は充分みたいなので任せてみます」
不安げなポリンドを他所に、頼もし気にひとつ大きく頷いた大ネズミは全身の毛を逆立てて、ふるりと震える。すると、その背から緋色の小ネズミがピョンと飛び出して迷わずバルコニーに向けて飛び降りて行った。獅子はと言うと、バルコニーに置いた前足に力を入れたまま、その場でじっとしている。お陰で、肝心のその足の下の様子がまるで分らない。
すぐさま、バルコニー近くの樹に変化が起きた。
先程、獅子の咆哮が上がると同時に、王城の城壁内ほぼ全ての木々が紫に変色していた。けれど、王達がいるはずの場所に近い1本だけが、突如柔らかな黄金の光に包まれて、木の上部から青々とした本来の色に戻って行く。
「あの黄金色はアポロニウス王子の弱化の魔法を使った光よね!」
「無事だって伝えてくれた訳だね。良かった、これでセレも無茶しないで済むね」
心底安心した笑顔に、何とも言えない圧が含まれている気がする。調査以外の余計なことはしないでよ?!って心の声が聞こえて来そうだ。
「けど、この獅子、バルコニーを抑えたまま動かないんですよ」
「セレ?」
実際に触れないとしても、木々を魔物化する様な黒い魔力を放出する獅子だ。王子たちが今無事だったとしても、悠長に観察している間にどうにかならないとも限らない。現に今、王子たちを狙って両前足を振り下ろして攻撃の意思を示しているんだから、放置するわけにはいかない。
眼下の王城を見渡すけれど、騎士たちは倒れ伏したままで復活の兆しは見えない。国王を助けに向かっている人がいない、まずい状態は継続中だった。
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