第108話 獅子の出会い頭の一撃

 見た目が巨大緋色ネズミのようになったわたしは、獅子の前肢の一部に、目一杯手足を伸ばしてがしりと取り付き、安定できる場所を求めて両手足を使って体表を登って行く。


 何とか背の上に辿り着いて、ふぅと息を吐くと、最初よりも身体が軽くなっていることに気付いた。


 ――ん?あれ??気持ち悪くない。


 眼下のバルコニーへ目を向ければ、ぽかんとこちらを見上げる国王、宰相、王子の姿が見える。残念ながら帝の顔は窺えないけれど、魔力を放つ帝と同じく金色に輝いた膜に、3人の居るバルコニーが包まれているのがはっきりと分かった。


「あの光がきっと帝の護りの力なのよね。ならわたしはその外に出てるはずだけど、何で具合が悪くないんだろ……?」


 口元に手を当てて考える格好を取ろうとしたところで、もふもふとした自分の腕が目に入った。手足の先はしっかり指の形が出る薄手の状態になっていて、顔は最初のイメージが着ぐるみパジャマだったから、覆われることなくしっかり出ている。けれどその他の頭のてっぺんから足首まではもふもふとした緋色の毛皮――いや、魔力に覆われた格好だ。


「そう言えばハディは甲冑に変化させた魔力を纏って防御力も上げてたわ!ってことはこの『もふもふ』も物理や魔力に対する防御を上げてるのね!」


 やったぁ!と両手をぽふっと叩き合わせれば、緩やかに体勢が崩れて背後に向かって上半身が傾ぐ。


「わ・きゃ!」

「っぶな!!」


 聞き慣れた声が間近で響き、すぐに背を支えてくれる手のひらの温度を感じる。けれど視界に映るのはガッチリとした緋色の固そうな甲冑で……。


「そんなことでは、また桜の君に過保護と断じられますよ」

「ねぇ、ちょっとっ!急に私を放るんじゃないよ!」


 続々と現れる美丈夫達は、3人とも地上とは異なる趣の姿をとっている。いや、ハディスだけはあの連戦のワイバーン討伐に駆け付けてくれた時の格好だ。厳つい甲冑姿のフルフェイスマスク無しの状態だけど、見覚えはある。


「ここまで巨大な魔力の塊になると、元の母や魔獣の面影は何も無いものですね。いっそ清々しいくらいに、何の感慨も湧いて来ませんね」


 無表情に唐獅子の背に真っ直ぐ立って居るのは、わたしの運動着に良く似た、黒いライダーススーツ状に変化させた魔力を纏うオルフェンズだ。足元は、同じく黒で脹脛までのミディ丈のライダースブーツになっていて、どこかの国の不可能な指令に立ち向かう諜報部員みたいで格好良い。いや、それより飛行する唐獅子の背に、微動もせずにピタッと立ち続ける体幹が凄すぎる。


「子猫ちゃん、さっさと調査を済ませて地面に戻るんだからね!?」


 綺麗な顔を、緊張と恐怖でひきつらせたポリンドがほとんど伏せの格好で、ペッタリと獅子に張り付きながら顔だけをこちらに向けている。ちなみに彼だけ魔力は纏うのではなく、大人の脚ほどの太さに変化させた青龍を全身に巻き付けるスタイルで。獅子には自力じゃなく青龍の力で繋がっているみたいだ。ぱっと見には大蛇の襲撃に遭っている被害者だけど、折角の自力アレンジだから温かい目で見守っておこう。


 そんな訳で、ふと振り返ればいつの間にか獅子の背の上に継承者3人が揃ってしまった。


「皆さん?危ないのにどうして来ちゃったんですか!?何で?!」

「護衛がお供するのは当然でしょ?」

「敬愛するお方の側に侍ることに理由が必要ですか?」

「私一人を除け者にする気!?」


 どうしてポリンドが付いてきたのかは謎だけど、護衛ズが来るかも、とはちょっと思ってた。あてにはしてないけどね!だって、今やるのは調査で、かぐや姫が混じっている獅子を問答無用に討伐したりはできないし。


 そう思っていたのに、獅子の方はそうではなかったらしい。


『おぉぉぉぉ―――――――ぉぅぅん』


 遠吠えのような高音で足元の巨大獅子が咆哮する。


 その声と共に獅子の青白い全身から黒い魔力がぶわりと吹き出す。すると城の木々が魔力を受けて、以前カヒナシで見た超巨大トレントと同じ、紫色の葉に、暗灰色の幹と云う禍々しい色に変じる。木々の異様な変化に注視する間もなく、足元がぐらりと大きく揺れる。

 急に身を低くした獅子に何故と思う間もなく、その巨体は猫の捕獲を思わせるしなやかな大ジャンプで、国王達の居るベランダへ両前足をバシンと叩き付けた。


 獅子の背からは前足の下がどうなっているのか見ることは叶わないけれど、絶対に外していないと確信は持てる位置に振り下ろされているのは分かる。


「うそっ―――――!!!」


 王様も王子も宰相も、このフージュ王国を担う重要人物の中でも筆頭の3人が、獅子の出会い頭の一撃で巨大な手の下敷きになってしまった。最悪の状況に、わたしは頭の中が真っ白になった。

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