第98話 詐欺師紛いの精神攻撃に加えて、なんて攻撃力を発揮するの!?

 視線を逸らさずに、ハディスもじっとわたしを見つめ返して……

 突然へにゃりと表情を緩める。


 ―――!?


 驚いて声を詰まらせるわたしに、更に嬉し気に目を細めたハディスは、頭を撫でていた手を頬に移動してそっと包む。すっかり熱くなってしまった頬の熱が伝わるのが恥ずかしいけど、ハディスの瞳から目が離せない。


「僕はとうに言ってると思ってたけど……セレから言われるのも嬉しいな。ねえ、セレ?僕は断られても君のもとに行くし、色々と話は付けているから心配しないで?」


 ――うん?……ドキドキしすぎて流されそうになってるけど、何の話をつけてるって?


「僕は君と一緒に居たいんだから。セレは僕に全部任せてくれれば良い。悪いようにはしないし、僕の力や身分は大切な君のために使いたいから」


 ――待って待って、嬉しい言葉な気もするけど、どこか胡散臭くて詐欺師と話してるような気がしてきたわよ……!?ホントに甘い言葉なの、これ?言われ慣れてなさ過ぎて正常な判断が出来てないだけで、実はやばいこと言ってるんじゃない?


 頬に添えた手の指先でくすぐる様にそっと触れるハディスの手首に、ぺたり・と赤黒く染まった手が掛かってその動きを止めるのと共に、わたしの頭から引き離す。


「桜の君?赤いのは随分自分勝手で強引なことを言っていますが?不快でしたらいつでも灰燼に帰すことが出来ますのでおっしゃってください」

「オルフェ?灰燼はダメだっていつも言ってるわよね?!」


 血塗れのオルフェンズが強引に会話に入り込んでくれたおかげで少し冷静になれた。ハディスがどんな形でかは分からないけど一緒に居てくれようとしている事は分かった。それはもう、誤魔化し様が無いほど嬉しく感じてしまう。けど、商品開発は続けたいし、商会を発展させたいわたしの望みをどう考えてくれているのかが分からない。やっとちょっと冷静になれたんだから、ここは今のうちにしっかり言っておかないと……と、コホンと一つ咳払いをして改めてハディスに向き直る。


「えーっと、ハディ?わたしは商会を発展させたいし、他人任せや見返りのない取引はお断りしたいわ?タダより怖いものはないもの」


 ――言えた!言ったわ!!いつも言ってることなのに、なんでこんなに疲労感があるの!?ハディスの無駄に高い攻撃力のせいよね!?美形って危険よね!


 改めてハディスの攻撃力に感嘆すると同時に、それに抗って初志を訴えられた自分を自分で賞賛していると、攻撃した本人から「参ったなぁー」と全然参っていない口調の呟きが聞こえる。それはわたしへの嫌味か勝利宣言なの!?と軽く唇を尖らせると、その表情を見たハディスはクスリと笑ってオルフェンズにどけられた腕とは逆の左手の人差し指を伸ばして、素早くわたしの唇の先を突いて手を引く。


 その人差し指は、一瞬の間のうちにハディスが自分の口元に持って行ってしまった。

 そのまま指先を軽く自分の唇に押し当てたハディスは、ふわりと陽の光が溢れる様な綺麗な笑顔をわたしに向けて更に口を開く。


「タダじゃないよ。僕からセレへの幸せの先行投資だ。君の笑顔が僕への報酬だし、なんならそれを倍返し出来る自信はあるよ?」


 ――きゃ―――――――!!!!


 緊急事態とばかりにわたしの心臓はワイバーン襲来の早鐘よりも激しく鼓動を打つ。


 ――さっきの詐欺師紛いの精神攻撃に加えて、なんて攻撃力を発揮するの!?


 キャパシティオーバーな萌えに、カッと目を見開けば、不格好に静止するオルフェンズが視界の端に収まる。どうやらオルフェンズでも、短刀を取り出しての投擲が間に合わないほどの早業だったみたいで、中途半端に得物を振り上げた状態の凄まじい形相で固まってる。いや、ここ城内だから王弟に向かって騎士や高位貴族がいっぱいいる中で刃傷沙汰はまずい!いつものでは済まない。


 オルフェンズのためにも、この居た堪れなくも緊張感溢れる状況を収めたいけど、まだ心臓が踊りまくっているわたしは満足に言葉を発することも、動くことも出来ない。それでも何とか動こうとしたわたしの意思を察したのか、はたまた別の意図があったのか、急にわたしの頭の上から飛び降りた緋色の大ネズミが、のそりとハディスの足元にまとわりつく。触れられないけどマントを引っ張ろうとするように動く大ネズミに、ハディスが軽く身じろぎした拍子に、広がった純白の生地の中に知っている文字が浮かび上がっているのが目に入った。


『 さがさないで 』

『 さがさないで 』


 その間の抜けた文字を見た瞬間、何らかの呪縛から解き放たれたように、わたしの身体は自由を取り戻した。


「はぁ!?ムルキャンの文字ぃ~!?なんでハディのマントにそんな模様が2つも入ってるの?」


 単に気が抜けただけとも言う。

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