第92話 でも、今は違う。やめたんでしょ?
側にいるオルフェンズと、少し離れた場所に無事な姿を確認できたハディスとポリンド。そのお互いが無事で安心しているのはわたしだけなのか、ハディスと一緒に青龍に乗って来た小ネズミたちはどこか気が立った様子で『ぢぢぢぢ!』と忙しく鳴きながら、四方八方からこちらに近付いて来ようとしているし、ハディス本人もワイバーンの攻撃の隙を突いてこちらに向かって駆け出して来る。
「え!?ハディ、危ない!」
「ふん、騎士の仕事だけしていれば良かったものを。わざわざやって来るとは目障りな」
頭上から聞こえる不穏なセリフに、咄嗟に「貴方もよ?」と声を掛けると「はい?」と心底不思議そうな声音が返って来る。
「2人とも、わたしに対して過保護すぎるわよ?強いのは分かってるけど、無茶しないで自分の安全を確保して欲しいのに」
危険なところに顔を突っ込んで、1人で勝手に怪我をしたなら自己責任だと諦めるしかないけど、そんな褒められたものじゃない勝手な行動をしたわたしを護る為に、親しく思う誰かが傷付くのは申し訳なさすぎるもの。
だから無茶はだめよ?と、わたしを守るために肩に回された腕を解く様に持ち上げて、オルフェンズを見上げれば、きょとんと見開かれていたアイスブルーの瞳が柔らかく細められた。
「全く、貴女というひとは」
苦笑を浮かべるオルフェンズに、何故かハディスのところから駆けて来た小ネズミたちが小さな後足でキックをしようとピョコピョコ飛び掛かっている。頭上の大ネズミもオルフェンズに向かって威嚇している気配が伝わって来る。
――ネズミさんたちなんでオルフェに対してご機嫌ナナメなのかしら?
「セレ!大丈夫!?」
オルフェンズと至近距離で向き合っていたわたしの右の二の腕を、強い力で背後から思い切り引かれた。体勢を崩したわたしはたたらを踏んで、ごちんと何か硬いものに後頭部がぶつかる。
「いっ……!」
「ごめん!けど無事でよかった」
腕を引っ張った犯人はハディスだった。眉根を下げてへにゃりと安心しきった笑顔を浮かべるけど、わたしはなかなかの強打に、声が出ない。魔力を解いて、フルフェイスマスクの甲冑姿じゃ無くなったみたいだけど、現実の格好もさっきよりも機動性の良さげな騎士鎧姿だった。なにこの鎧のマトリョーシュカ……どっちも似合ってるけどね!けど強引に引っ張って何がしたかったの?
「いえいえ、今の結構良い音しましたよね?!魔力の甲冑の下に
「つい焦って……いや、ごめん。銀のが側にいると思ったら、いてもたってもいられなかった。銀のがその気になったら僕はセレを探し出せなくなってしまうだろうから」
あぁ、そういう心配……。納得できちゃうだけに文句も言えなくなる。
――って言うか!話せた!可愛げのひとつもない会話だったけど出来たわ!こっ……これ以上ツンケンするのは、令嬢として問題あるわよね?だから怒るのはこれで終わりにして問題ないわよね?!
無理やりな理屈をつけて、怒ってるのを伝えたい目標は達したことにした。結局普通に話せなかったら、わたしがしんどいだけだったし。
「でもまさか、こんな戦闘中に拐うことはないでしょ?ね、オルフェ」
無言で立っているだけだけれど、どこか不穏な気配を発するオルフェンズに、問うように小首を傾げる。すると、その形の良い唇の両端がゆっくりと釣り上がって笑みの形を取る。
「赤いのと龍のが来たから、もう良いですよね?」
けろりと言われて、一瞬何のことか分からず、反応出来ないままのわたしに、更に次の言葉が掛けられる。
「貴女を追う鬼は
白銀に煌めく魔力が、霧が生まれるようにオルフェンズからふわりと立ち昇る。
「そう言えば居たわ。身近な所に敵が……」
「でしょ?」
ひきつり笑いで呟くわたしに、ハディスがすぐさま同意を促す声を掛ける。
「――でも、今は違う。やめたんでしょ?」
ハディスに引き寄せられた分だけオルフェンズに向かって踏み込み、ハディスに捕まれていない左腕を伸ばして、とにかく急いで手に触れたところを掴む。
すると思った通り、次の瞬間には目の前に白銀の紗が降りた。
強引に潜り込んだ紗の中では、相変わらずの他人の魔力に覆われた気持ちの悪さが充満している。顔をしかめつつ周囲を見渡すと、驚いた表情のオルフェンズと目が合い、それからまた腕を強く引かれて振り返るとハディスが少し拗ねたように唇を軽くへの字にしていた。そんなことじゃあ、またオルフェンズに「坊やだからですよ」なんて言われるわよ?
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