第84話 そうね、へたり込んでる場合じゃないもんね!
困惑するわたしは、果たしてこのヤバい事実を伝えるべきか否かすら判断できず、ただおろおろしてしまう。そうしている内に、兵士たちは空から飛来してくるワイバーンの姿をしっかり視認して、迎撃の準備を着々と整えて行っている。
さすが!と言いたいところなんだけど、来るのはそれ一体じゃないんです――――!なんて、どうしよう、伝える勇気がないわ……。
更に、兵士たちは、期待の眼差しをチラチラと向けて来る。
さっきは、出たところ勝負のグタグタで滅茶苦茶な「プロペラぐるぐる戦法」が上手くいったけど、それは本当に偶然上手くいっただけで……。実際のわたしはただの商会令嬢でしかなくて、継承者候補とは言われているけど、戦闘向きな人は別にいるから期待されても応えられる自信はないわ。しかも、わたしの桜色の魔力は、個人の持つの魔法効果を強化するだけで、無いものを付与する力じゃないもの。
―――かと言って、下手に気弱な事を言って、兵士たちの気勢を削いだり、闘志溢れる雰囲気を壊すのが怖い小心者よ。
「けど、でも……この魔物の気配の数、とてもじゃないけどわたし達で相手取れる量じゃないわ……って言うか、倒せるわけないじゃない!1体でも偶然で倒せた様なものなのよぉ!?」
「それを考えるのが桜の君なのではないですか?」
「簡単に言ってくれるわね!?わたしの使える強化の魔法って、元々を強める補助効果しか無いんだから。他力本願の力でしかないのに、期待されても困るんだけど!」
オルフェンズは隠遁の魔力を使うのも凄いし、暗殺者として得たスキルなのか、体術や筋力もとんでもない実力を持ってる超人だから、わたしの苦労なんてわからないのかもしれないけど―――ん?
ちらりと、イイ笑顔を張り付けたままの暗殺者を見遣る。
―――もしかすると、これってイケるかもしれない……。
「そうよ、オルフェは凄いのよ。わたしの強化でオルフェを思いっきりパワーアップしたら凄い事が起こるんじゃない!?」
「面白そうですね。どこまでの範囲をどれだけの時間固定できるか試してみましょうか」
「え?」
すかさず返された上機嫌な声に、ひやりとしたモノが頬を伝う気がする。
「えーっと、オルフェ?それって……目一杯隠遁するってこと?」
「魔物を容易く滅ぼす手段が出来ていることを期待して、王国ごと千年の先に進むのも良いかもしれませんね」
会話を始めた時から変わらない笑みを湛えたオルフェンズは、冗談を言ってはいない。
本当に出来ることを言葉に乗せて話しているだけだ。わたしの中で、魔物の接近とは違った警鐘が鳴り響いているかのように、耳の奥からドクドクと大きな音がする。
――ヤバい。この男に思い切り魔力を使わせたら。
「くっ……頼れると思ったら、一番厄介な事になりそうなんて。ならいっそ大ネズミさんやムルキャンを強化してみようかしら」
『ぢぢ!』
大ネズミは「どんとこい!」とばかりに後足で立ち上がって胸を反らしてみせる。ムルキャンは……葦と云うか、縄みたいに細~~い状態で蠢いていて、遠目には大ミミズみたいになって―――あ、土に潜った!
「ちょっ!ムルキャン?なにしてんの!?どこ行くの?!」
呼び掛けるけど返事はない。
慌てて身体を起こしてムルキャンが潜った辺りに駆け寄り、その場所の土が剥き出しになった地表を見て、わたしは膝から崩れ落ちた。
「ほう?あの
大きな声ではなかったけど、ムルキャンの意味不明な行動を伺っていた兵士たちは多かった様で、その言葉を聞き取った者が、動揺して騒めく。
地表には、乙女が書いた様な弱々しい文字で『 さ が さ な い で 』と書かれていた。
「こんな……こんな切羽詰まった時に……。ちょっとでも助けて欲しいのにぃ……」
対魔物の戦力として、姿は小さくはあったけど、大きな活躍を見せてくれたムルキャンの突然の逃亡が信じられなくて、何度もその文字を読み返す。何度読み返しても、その内容は変わることはない。
『ぢぢ?ぢゅぢぢ!』
元気付けてくれているのか、いつの間にか緋色の小ネズミまでもが膝をついたわたしの傍に何匹も出現して、大ネズミと一緒になって、励ますような力強い声を掛けてくれる。
「ありがとう。優しい子達ね」
ネズミ―ズの心遣いが嬉しくて、微笑みかけると、小ネズミたちは安心したのか次々にどこかへ走り去り、あるいは空気に融けるように姿を消して行った。大ネズミがいつもの様に頭の上に戻ると、なんだかわたしも普段を思い出して気持ちが落ち着いた気がする。
そうね、へたり込んでる場合じゃないもんね!
「偉そうに散々ご高説を垂れておいて、なんで真っ先に逃げ出してるのよ!ちょっと!ミーノマロ公爵に言いつけるわよ――!!」
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