第46話 いつも通りの笑顔が怖いわ、オルフェンズ。

 ふわりと、国王の全身から湯気が立ち上る様に、黄金色の魔力が溢れる。

 と同時に、ぶわりと、つい先日思わず城の窓から逃げ出すことになった原因の、とんでもない嫌悪感が襲って来る。

 そうして国王の魔力は黒曜石に吸い込まれるように消えて行き、すぐに石から金の欠片の混じった黒い魔力が一筋の光の帯となって天に昇って行く。


 ―――これよ!これ!!王様が石に触った時の感覚だったのね、気持ち悪い―――!!!やっぱ吐き気がひどいわ!合わないわ!いくら有難いものだったり王様だったりしても、ムリなものはムリよ!ミワロマイレは何ともないの!


「ぐっ‥‥。」


 呻いてるし、真っ青になって倒れてるじゃない!王様気付いて――!!って、王様まで顔色悪っ!!ダメじゃん!


『 あ゛あ゛ あ ‥‥ ゆ  る   さ‥‥ ぁ 』


 ここに来る途中に聞こえて来た変な声も、おかしくなってるし!

 何の為か分からないけど、誰も得してないじゃない!こんなことして良い訳ないわ!それに気持ち悪すぎる!緊急事態よ!!


「やめて!!」


 黒曜石に触れている国王の手の片方を引っ張って、力尽くで引き離す―――。


 ひゅ ‥‥ トスッ!


 わたしの頭の上、いいえ、わたしが引っ張るまで国王の頭のあった位置を狙って短刀が飛び、地面に突き刺さった。


 その威力が窺えるほど深々と地面に食い込んだ、この短刀には嫌と云うほど見覚えがある‥‥。


「オルフェ!?どうしてっ?」


 どうしてここに居るのか。どうして姿を隠していたのか。どうして国王を狙ったのか。色んな「どうして?」が頭の中をぐるぐる回る。


「いけませんねぇ、私の目の前でそんな無粋な真似をするのは。‥‥許しませんよ?それ以上、その手で触れるのは。」


 手にした短刀の剝き出しの刃に、愛おし気に頬ずりをしながら薄い笑みを向ける美丈夫は、肩元で一括りにした白銀の髪を腰まで垂らして、いつものように、いつの間にかそこに現れていた。


あまねく地上を見守りたまう、母なる月の女神の悲痛な声に導かれて参りました。桜の君はどうぞ、お下がりください。父母を苦しめるこの男の始末をつけてしまいますから。」

「お前っ‥‥いや、蓬萊の玉の枝の継承者オルフェンズよ、何故に私を狙う?」


 黒曜石から手を離したデウスエクス王は、ふらりとよろけながら、それでも殺気を向け続けるオルフェンズに油断が出来ないと気を張っているのだろう。体調不良で顔を蒼白にしながらも、気丈に向き合う。


「くっ‥‥青龍の癒しが得られんのはキツイな‥‥。」

「陛下、私の力で良ければ‥‥。」


 地面に未だ突っ伏しているミワロマイレが、僅かに身を起こしてデウスエクス王に黄色い魔力を放つけど、それって悪手イマイチなんじゃないかって心配になる。だって持久力の魔法を掛けても、具合の悪いところは治らないから、苦しいのを堪えて頑張れる時間が伸びるだけだと思うのよ?


「あぁ‥‥少しだけ楽になった‥‥。」


 呟く国王の顔はやっぱり青白いままだ。絶対痩せ我慢よね?とってもツラそうなんだけどー!?


「王様、とにかく石から離れて!王様がこれに触っても何の利も無いからっ!オルフェも、王様が離れれば問題ないでしょ?」

「どうでしょう?憎きその男が、桜の君に触れられること自体、私にとっては不快でしかありませんがね。」


 触れられる‥‥って、わたしが引っ張ってる、この状況の事よね!?まさかこんなことで王様の命が危機に陥ってるなんて嘘でしょ!


「離したっ!離したからもう良いでしょ、オルフェ!!」

「触れられた事実は変わりませんが、まぁ良いでしょう‥‥。桜の君にあまり醜いものをお目にかけたくはないですからね。」


 醜いものってナニ?いつも通りの笑顔が怖いわ、オルフェンズ。


「それでは、桜の君はこのまま先程抜けてきた扉まで戻って、しばらく待っていてくださいね。」


 何を考えているのか分からない。けど、不快感も消えた今は、石に触らないオルフェンズの意見に賛成だ。


「じゃあ、2人とも連れて行くわね?」

「おや、異なことを仰る。桜の君も、この男の作り出す魔力の歪みに嫌悪感を感じていらっしゃるのでは無いですか?それを無くそうと言っているのです。連れて行かれては、達することが出来ません。」


 困った子だなぁーと言わんばかりの口調と表情だけど、王様を無くそうと‥‥亡くそうとしている殺害予告よね?いや、聞けませんけど!?努力のベクトルが変な方に振り切れてるわ!


「ダメよ、オルフェ!わたしの前でそんな真似はさせないからね!正当な理由もなく、わたしの前で人を傷付けることは認めないから。」

「この男が、既に人を傷付けているとしてもですか?少なくとも、今この男は桜の君の目の前で、2人の人間を傷付けているのですよ。」


 口元は薄い笑みを象っているけど、アイスブルーの瞳は冷え冷えとした光を湛えたままで、殺気を微塵も消していないのが恐ろしい。

 いや、それより何より、2人の人間を傷つけてるって何のこと?見た覚えがないんですけど――!?

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