第43話 ヘリオスが天使から確実に遠ざかってるわ‥‥。

 ムルキャンの名前に、隣に座るミワロマイレが、すぅと目を細める。不快なのかと思ったけど、そうでもなくて、ちょっと寂しそう?まぁ、後味悪く去った部下だしね。


「樹海で今までにない数の魔物が発生し続けているのです。ですから我が主はずっと自領で森の守り人殿の協力を得て魔物の鎮静化を図っておられます。守り人殿は主の言葉しか聞き入れませんから。ですから今回の召集された先のお話は、お断りするつもりで来たのです。」


 イシケナルについては妙に熱っぽく語って、王様の召集や命令に関しては心底どうでもよさげに話すこの男‥‥――そうだ!最初に忍び込んだ時に執事としてイシケナルの側に居た男ね!イシケナルファンの典型みたいな人だったわね。うん、成程の反応だわ。


「ミーノマロ公爵主体で考えればそうかもしれないけど、勅命ならそう云う訳にもいかないから、あの領で中立な立場でいられる僕が同行したんです。侍従長の彼の補佐役としての登城ではありますけど、間違いなく国王の命令よりも公爵を優先するであろう彼を止めるために、公爵が丁度良いと僕を付けたんですよ。」


 ヘリオスが侍従長と呼んだ男に聞こえない様、こっそりと教えてくれた内容にとっても納得だった。




 紅茶のおかわりが冷めるころ、わたしたちの居る部屋に、国王は再び姿を現した。


「まずは命を蔑ろにしようとしていた事への諫言、感謝する。」


 僅かに表情を緩めたデウスエクス国王が、ゆっくりと室内の面々を見渡す。相変わらず血色は悪いけど、少しだけ生気を取り戻したかのような表情にホッとしていると、一瞬視線が交錯したような気がした。


 うぉぉい‥‥危ないわ。ここまで来て正体がバレて摘まみ出されたくないもの。目が合っても何も注意を受けないってことは、ただのうるさい巫女くらいに思われてるのよね。うん。


「私も、足掻く手段を講じてみようと思う。一筋縄ではいかない事態ばかりになると思うが、神器の継承者も含んだ国民みなの為、そして私自身のために足掻いてみようと思う。その覚悟を伝えた今、改めて諸君に協力を頼みたい。」


 室内がシンと静まり返って、ミワロマイレと、イシケナルの代理の返事を待つ緊張感に包まれる。普通の国民ならば貴族平民問わず、王命を断わる事などありえないけれど、直答を許された継承者や継承者候補は王命に異を唱えることができる。個人の絶対的な力、それが神器の魔力だから。ましてやミワロマイレもイシケナルも強力な魔法と、とてつもなく豊富な魔力量を持っている2人だ。


「お受けいたしましょう。もともと病魔の如くでしかないこの魔力を、有効に使える手段があるのならば協力は惜しみません。そのつもりで参っておりますから。」


 すっと背筋を伸ばし、穏やかな微笑を浮かべたミワロマイレが国王の要請の受諾を伝えると、向かい側に腰かけているイシケナルの侍従長が苦々し気に眉根を寄せ、その背後に立っていたヘリオスが何やら黒い笑顔と圧を放ちながら「侍従長、ご返答を?」と囁く、心臓に悪い光景が目の前に展開される。

 ヘリオスが天使から確実に遠ざかってるわ‥‥。


「我が主へしかと伝えさせていただきます‥‥。主は協力は惜しまないと仰っておりました。先にご報告申し上げた樹海の件について、すぐに目処を立て、駆け付けられるかと存じます。」


 若干口惜しそうに話す侍従長に呆れつつヘリオスを見ると、良くできましたとばかりにニッコリと微笑んでいる。お目付け役の仕事はしっかり果たして居るみたいね。




 カヒナシ領の2人はイシケナルの登城まで、このまま城に留まることになっているらしい。ヘリオスは家に帰ってこれば良いのに、イシケナルの代理の身分がある以上、彼の到着がなければ、それは出来ないとのことだった。



 神殿からのわたしたち3人は、そのまま国王夫妻と5人の騎士に伴われて、未だ足を踏み入れたことのない城の奥へと案内されることとなった。


 歩き慣れた様子で迷いなく長い廊下をひたすら進む国王の後を、黙々と付き従って歩く。何度も曲がり角を曲がり、上がったり下がったり、外へ出たり、また中へ戻ったりと複雑なルートを辿って行く。多分、ここではぐれたら自力で城外へ行くことも、さっきの部屋へ戻ることも出来ないだろうな、なんて確信は余裕で持てるわ。


 ひたすら場内を奥へ奥へと進んだ先、幾つもの頑丈な扉を抜けて、壁も床も天井も、清廉な光沢を放つ白い大理石で出来た廊下を進んだところで、ふいに国王が足を止め、背後に連なるわたしたちを振り返った。


「この先は、進める者とそうでない者がいる。付いて来られる者だけ、進む様に。」


 不可思議な指示を出してデウスエクス王が微笑んだ。

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