第27話 一緒にバンブリア邸へ帰って午後のティータイムを愉しみますよ!

「待て、バンブリア嬢!ワイバーンを止めに私が出ることは吝かではないし、むしろ出来ることがあるならやりたいが!私は触れたものしか弱化出来ないぞ。」

「なら行くしかありませんよね!チャンスは、ワイバーンが動きを止めて噛み付いてるトレントが枯れるまでの間だと思います。急ぎますよ!」


 青龍の髭を握る手にぐっと力を入れて、大型魔物4体が暴れる方向へ青龍を誘導する。


「セレネ!?僕が前に言った注意、ちゃんと覚えてる!?」

「任せてください!止まれ、待て、守れですよねっ。ハディス様との約束だもの、バッチリ覚えてます!」


 笑顔と共に髭を掴んだまま右手の親指を立ててサムズアップを決め、加速を促すように髭を掴んだまま両腕を前に突き出すと、青龍は正確にこちらの意図を汲んで、スピードを上げて魔物達に突っ込んで行く。


「うん。言葉はバッチリだけど、意味も理解しておいて欲しかったよー。」

「大丈夫です!立ち静かに敵をしっかり確認し、期を攻略方法を考え、時が来たらもののために一気に攻めるんです!」

「あああぁ―――、まさかそんな拡大解釈するなんてぇー!」

「叔父上、大変だな。」

「他人事じゃないよね?君が触らなきゃいけないんだからね!?」


 天を仰いだハディスに、アポロニウス王子が「思い出した!」と言わんばかりに目を見開く。

 そんな心配しなくても、わたしがちゃんと青龍と協力して安全にワイバーンまで送り届けるのに。


「まあ、けど分かったよ!セレネのやることなら僕がいくらでもフォローするからぁ!」


 ちょっぴりやけっぱちな感じでハディスが叫ぶけど、ちょっと違うわ。


「何言ってるんですか?護衛のハディス様を守るのは主人のわたしの役目ですよ!わたしが上手く乗り越えてみせますから、一緒にバンブリア邸へ帰って午後のティータイムを愉しみますよ!」

「バンブリア邸へ―――帰る?そっか、帰る場所‥‥。僕の帰って良い場所がそこにも。」

「はい!一緒ですよ。帰りますよ。」


 何で今更そんなことを聞き返すんだろう。自分から押し掛けて来て一緒に住んでるのに。なんなら当主よりも先に食事が給仕されるほど我が家に入り込んでるじゃない。


「‥‥フフ、そうだね。僕の帰るところはそこだ。」

「ハディス様?」


 髭を引く為に立ち上がっているわたしから見えるハディスは、どこか愉しそうに何度も口の中で「帰る場所かぁー」などと繰り返している。

 やがて勢い良く顔をあげると、晴れ晴れした笑顔を向けてくる。


「しっかり前見なきゃ危ないよ!あと、戦闘中『様』付きなんかで呼び掛けたら、まどろっこしいからハディで良いよ!僕もセレにしておくから!効率化だよ。」

「効率化‥‥?なら、良いのかな?ーーハディ?」

「ん。なぁに?セレ。」


 へにゃりと垂れ目がさらに下がった蕩けるような柔らかな笑みが帰ってくる。って言うか、ナニコレ!?ドキドキの戦闘突入のはずなのに、別の意味で心臓が跳ね回るんですけど!?なに?吊り橋効果なのっ?ワイバーンやトレントよりも先にわたしが倒れちゃうわ!


「んん"っ!叔父上、バンブリア嬢!戦闘中だ。」

「はっ!アポロニウス王子、助かりました――!王子は命の恩人ですっ!!」


 お花畑が広がった脳内から一気に現実に引き戻してくれた王子に謝意を伝えると「それは良かったな‥‥。」なんて物凄く冷めた表情で返されて、更にわたしは冷静さを取り戻すことができた。


 青龍の背に乗ったわたしたち3人は、岩肌を避け、トレントの間をすり抜け、ワイバーンの死角に回り込む様に空中を猛スピードで飛び回る。


「時間がありませんよ!ムルキャンの顔がしわしわお爺ちゃんみたいになってますっ!」

「あともう少し‥‥!もう少し近付けば手が届くっ!!」


 ワイバーンの真後ろ、ボロボロになった羽の影に隠れるように、青龍は静かに空中を滑るように近付く。龍よりもまだ凶暴な面構えのワイバーンの顔は、完全に正面のトレントの方を向いていて、わたし達に気付く気配もない。

 王子がハディスの膝から身を乗り出して、ぐっと手を伸ばす。


「あ、と、すこっ‥‥しぃ。」


 ワイバーンの背まで30cmと云うところで、王子の手が何かに阻まれて、わずかの距離を置いて触れられなくなる。


「なんでっ!!ここまできてっっ!!なんだよ、これっ!」


 悔し気に、王子が何度も握った拳を見えない壁に向かって叩きつける。その正体なんて分かっている。トレントを喰うことによって得られた継承者の魔力と、ワイバーン自身の黒い魔力で作り出された障壁だ。

 本当に、この黄色い魔力にはこれまでも散々振り回されてきたけれど、まだ足りないらしい。ワイバーンにまで力を与えてしまうなんて、『仏の御石の鉢』から湧き出て尚延々と力を維持し続ける黄色い魔力はとんだ強壮ドリンク‥‥いや、魔力ね。


「くっ‥‥仕方ない。セレ、王子を頼む!あと、僕の活躍を祈って!」

「「ぅあっ!!」」


 ぽいっと、こちら目掛けて片手でアポロニウス王子を放り投げたハディスが、腰に履いたロングソードを抜き払う。わたしは慌てて青龍の髭から両手を離し、お姫様抱っこで王子を受け止めた。

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