第25話 何よ、あいつ!今度は何をやらかしたの!?

 ズズズン‥‥ざわざわ‥‥ズズズズズン‥ざわざわ


 地響きの様な鈍い音と軽い葉擦れの様な音が交互に響き、辺り一面を揺るがす振動が伝わって来た。その揺れのせいで周囲の岩肌から小石がカラリと崩れ落ちてくる。


「何よ、!今度は何をやらかしたの!?」


 さっきから感じる異様な魔力は、間違いなくのものよね?けど、こんな大きな物音を立てる形じゃなかったはずよ?わたしの知っている時点では、の話だけど。


 いくつも疑問は浮かぶけど、特徴的な魔力に確信を抱きつつ、音のする方向にじっと目を凝らす。

 すると思った通り、迫る音と大きくなる地響きに加え、望んでもいないのにもういい加減うんざりしてしまう程、幾度となく関わる羽目になってしまっている、黄色がかった暗灰色の魔力が漂って来る。


 それまで攻撃の為に寄り集まる兵士たちをいなすことはあっても、特に興味を示すことのなかったワイバーンが、初めて青龍以外の存在に反応して、音を発生させている主の方向へ長い首をもたげる。


「「なっっ‥‥!!」」


 ハディスとわたしの声が揃ったのは仕方がない。険しい岩肌の向こうから見えて来たのは、もう二度と会いたくはなかった魔物の姿だったから。

 暗灰色の樹皮に、緑だけでなく禍々しい赤紫の葉を持った超巨大トレントが、黄色がかった暗灰色の魔力を放ちながら地響きを轟かせて近付いて来る。


「あれは、あいつが創り出したけど制御もままならないって、森の深部に閉じ込めたとか自信満々に言ってたはずよね!?」

「しかも‥‥3体!?」


 実際に戦ったハディスも、顔色を失っている。

 超巨大トレント達は、進行方向を遮る大岩に自身の太い幹を打ち付けるように振り回して砕きつつ、真っ直ぐにこちらに向かって来る。


 ワイバーンだけでさえ手詰まりで、押されているのに、更に追い返すのがやっとだったあの超巨大な変異種トレントまで加わって来るなんて、どんな絶体絶命なの!?


「ほぉ――――っほっほっほぉ―――――――う!」


 突如、辺りに男の声と思われる高笑いが響き渡った。


「我が最愛の気高き主、イシケナル様の尊きお心に従い、無力で猥雑な者共を助け、主の心を煩わせる醜き獣を討ち滅ぼすために、イシケナル様の腹心たる私、ムルキャンが加勢してやりに来たぞ!感謝し、イシケナル様に這いつくばって礼拝するがよい!!ほぉーっほっほ!」


 居丈高な物言いは間違いなくムルキャンだ。でもその声はトレントの方から聞こえてくるのに、姿は見えない。視力強化と共にじっと目を凝らしていたわたしは、更に信じられないものを見つけてしまった。


「ハディス様、あのトレント‥‥3体ともムルキャンの顔がくっついてます。」

「「はぁ!?」」


 ハディスとアポロニウス王子の声が揃う。


「そう言えば‥‥最後に私が会った時、あの森の守り人は、トレントもいまは封印しているだけだが、必ずや‥‥などと、何か仕掛ける気満々な発言をしていたな。それともう一つ、月の忌子ムーンドロップが森の魔物と同じく黒魔力を纏うものであれば、自分の魔力を混ぜ合わせてシンリ砦の魔物たちの様に干渉出来るかもしれんとも言っていたな。」

「「はぁ!?」」


 今度はわたしとハディスの声が揃う。


「うそだろぉー。前見た時でさえ人間じゃなかったのに、形が変わるどころか増殖してるんだよ!?しかも月の忌子ムーンドロップまでどうにかしようとしてるのぉー!?。」

「とんでもなさすぎるわ!これで神器の継承者じゃないの?」

「奴の魔力は色を持たんからな。今纏っているあの黄色は大禰宜の時に手に入れたアッキーノ大神殿主の魔力を含んだ聖水を使っただけだだと、ミーノマロ公爵が苦々し気に言っていたな。」


 撃たれ弱いけど、自分を至高の存在だと自負するイシケナルは、自分の領地が他の神器の継承者の色に染まっているのは腹立たしい――けれど、容認しないとムルキャンが色々作り出してしまった強力な魔獣の変異種が抑えられないから、不承不承黙認しているらしい。イシケナルにとっては魔力の色さえ気にしなければ、自分に忠実で、しかもとんでもない能力を持った部下だから、認めざるを得ないんだろうけど。


「けどこれって、あのやる気の無い大神殿主よりも黄色い魔力を使いこなしてるわよね!?」


 高笑いを繰り返しながらずんずん近付いてくる、トレント・ムルキャン3体は、制御不能だった時と変わらず、呆れるほど巨大で、恐ろしい魔力に満ち溢れている。


「魔力操作はまた別の能力だ。独自性を表す色、保有量、そして操作、それらは独立した魔力の能力だ。ただ、あの守り人は操作の能力と保有量がそこそこ高い者ではあったが、執着心が思いもよらぬ成果を上げるタイプだったようだな。」

「王子‥‥凄く良い人の様に聞こえるけど、大事なイシケナル以外には危害を加えることも厭わないような、結構な危険思考の持ち主よ?」


 占術館の騒動とか、バンブリア商会の商隊への攻撃とかね。


「だが、今は味方の様だ。心強いな。」

「そこは僕も同意かな。彼が来てくれて助かったよ。」


 2人がすぱっと割り切り、さすが為政者である王族ともなると合理的に考えるものねーと感心したところで、ついにワイバーンとトレント達の戦いの火蓋が切って落とされた。

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