第24話 素人が下手に手を出せば迷惑になるのは商売も一緒だから分かるよね。
小隊とは言え300人から成る兵士達は、岩山に陣取ればそこそこの範囲に広がる陣形となる。
同じ地上を進む敵相手なら、進路を読んでもっと効率のいい陣形も組めるだろうけど、相手は空中から、どの地点に飛び降りて来るかも分からないし、しかも殆ど恐竜と言って良い様な巨体だからどこを攻撃の始点として布陣を構えるのか絞ることも出来ない。それでも、領主軍の兵士たちは遠隔近接、攻守を程よく散らして配備していたんだと思う。
それなのに‥‥。
「なんで真っすぐこっちに向かって来てるのぉぉ―――っ!!」
ワイバーンのぎらついた赤い瞳は真っ直ぐに、青龍を捉えている。顔のあたりに座っているわたし達から見て、完全に目が合っているのが分かるんだから間違いない!
「ちっ、参ったな。セレネ、王子と一緒に青龍から離れて逃げて!」
非戦闘員のわたし達がいる場所を的確に狙われて、ハディスも焦りを隠せないんだろう。わたしたちに対する心遣いは有難いけど‥‥足元から何だか不安な気持ちが伝わって来て、わたしはそのまま青龍から降りることが出来なくなった。
「ごめんなさい、ハディス様。わたし離れられないわ。
「なっ‥‥。」
ハディスと王子がぎょっと目を見開いて青龍を見る。さっきからじっと身体を巻き付けるようにして動かないでいる様子が、怯えからきているなんて思ってもみなかったんだろう。けどわたしはいつも頭の上を陣取る大ネズミの感情が何となく分かる様になったのと同じ様に、足元の青龍の気持ちもなんとなくではあるけれど捉える事が出来る。
「青龍!ここにじっとしてたら危ないよ!一緒に行こう!みんなで助かろう!?」
言いながら青龍の頭の上に立って左右の髭を両手で掴み、上昇を促すようにグイと引く。「えぇ!そうなるの!?もぉ、仕方ないなぁー。」「叔父上!?良いのですか!?」なんて、2人も騒いでいるけど、止める気はないらしい。
存外に大人しくこちらの意図を察した青龍は、わたしたち3人を乗せたままふわりと宙に舞った。
思った通り、ワイバーンは飛び上がった青龍を真っ直ぐに追い掛けて来た。
わたしたちは出来るだけ地上近くをヒラヒラと飛び回りながらハディスの指示に従って、領主軍の
何度も執拗に羽を狙って放たれる魔道武器のダメージに、ワイバーンは忌々し気な咆哮を上げるけれど、地上の人間には目もくれすに執拗に青龍を追って来る。そして、18撃目の槍が羽を貫いた時、ついにワイバーンは地表を揺るがす轟音とともに、岩山に足を着いた。
「「「「「おぉぉぉぉ―――――――ぉぉ!!!!」」」」」
見た目はマンモスに襲い掛かる原始人よりもまだ絶望的な大きさの差があるけれど、武力に秀でたスバルを育んだ領地の兵だけあって、彼らの攻撃は1撃毎が魔力を纏っての必殺の威力を持っている。そこに、今はハディスの膂力向上とわたしの魔法強化が重ね掛けされた状態だ。長剣の一振りが深々と肉を切り裂き、両手剣の斬撃が骨に達する傷を与える。
けれど、次々に与えられる傷をものともせずに、ワイバーンは首を振って攻撃をいなし、長い尾を地面に打ち付けて兵士を跳ね飛ばす。兵士が魔力を纏っているのと同様に、ワイバーンも黒い魔力を体中に満たしており、ただの攻撃以上の破壊力と、鱗の硬さ以上の守備力を備え持っているのだ。
与えるダメージに、倒せるかもしれないとの希望を抱いて攻撃を繰り返していた領主軍の兵士たちも、なかなか倒れないワイバーンのタフさと、普段以上の力を出し続けていた疲労が蓄積し、徐々に進む足が鈍り、剣を持つ腕が下がり始めてゆく。
「領主軍が押されて行くわ‥‥。お願い、これ以上怪我を負う人を増やさないで。わたしが戦えたらいいのに‥‥!」
「それは僕が許さないよ?君が耐え切れなくなる前に、まず僕に行かせてね。僕はこう見えてちゃんと騎士をしていて、令嬢の君とは違って戦闘訓練を受けているプロだからね。大人数での取り組みに素人が下手に手を出せば迷惑になるのは商売も一緒だから分かるよね。」
ぎり、と唇を噛みながら呟いた言葉を、素早く拾ったハディスが釘を刺してくれる。
「うっ、分かり易い説明ね。商売に例えられたらとぼけ様が無いじゃない。‥‥わかったわよ。」
「良くできました。」
悔しいくらいの的確な説明に、飛び出しそうになる気持ちをなんとか抑え込むことが出来た。
けれど、形勢はどんどん不利に傾いてゆく。更にこれまで全く青龍に届いていなかったワイバーンの攻撃が、掠める様になってきた。
まずいわ‥‥このままじゃあ、じきにワイバーンの攻撃が完全にこちらに当たるようになっちゃうわ。何か手を考えないと!けど恐竜相手の戦闘なんて想像もつかないわ!
ぐっと眉間に力を入れて唇を噛み締める。
「何かわたしで力になれることを考えなきゃ‥‥。」
唸る様に呟いた時、ざわりと背筋に悪寒が這い上がり、全身がぶわりと粟立った。知っている嫌悪感の再来に、自然と表情筋は強張って苦いものを噛んだようになる。
ズズズン‥‥ざわざわ‥‥ズズズズズン‥ざわざわ
地響きの様な鈍い音と軽い葉擦れの様な音が交互に響き、辺り一面を揺るがす振動が伝わって来た。
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