第22話 ちょんっと頭を人差し指で突いてへにゃりと笑ってるのなんて、無自覚なの!?意図的なの!?

 確かにここには弱った人間が沢山いる。餌として狩るだけならばまたとない機会だろう。

 そして、この山を越えたら、カヒナシまではただ広大な樹海が続くだけだ。その規模と言ったら、人の住む領地2個分ほどがすっぽりと入ってしまうような広大な大森林で、森のあちこちには魔物が蔓延り、人の住処は無い。


 生き物の生命力を奪うのが目的なら、まとまって生き物がいるこの場所こそが、格好の食事場だと言えるんだろうけど、上空からこの辺りを見回していた時もワイバーンらしき姿は見もしなければ、気配すら微塵も感じなかった。


「スライムやトレントで魔物の気配には慣れているはずなんですけど何も感じなかったってことは、やっぱり近くには居なかったんじゃないでしょうか。」


 うーんと首を捻って考える。「なんでそんな魔物の気配に慣れているんだ?!」なんてレヴォルの突っ込みはスルーしておく。

 気配も窺えないワイバーン、人の住まない樹海、そして襲われない領主軍たち。何かが噛み合っていない。だから、わたしは何か見落としている気がする。


「だが、そうなると非常に厄介だ。樹海で待ち構えて攻撃するにしても、人間側は進行も物資の補給もままならないその場所ではワイバーンを迎え撃つには適さない。だから我々はここで奴を仕留めなければならないんだ。」


 魔物1体に対し、領主家直々に指揮する300人の小隊を動員してここまで深追いして来たことからも、エウレア辺境伯軍の「樹海に入る前に仕留める」と云う意気込みが伝わって来るけど、負傷者多数で、自由に飛び回る魔物を地上から相手取るのにかなり苦戦したのが伺える彼らに、さらなる追撃を悠々と達成できるだけの戦力があるかというと微妙なところに見えるのよね。


「お兄様たちも怪我をしていらっしゃいます。その上で囮になるような真似をされるなど関心いたしません。スバルもこちらに向かって旅立ちました。無茶はなさらないでください!」

「我々の怪我など問題ない。むしろ魔物の脅威をむざむざ王都へ至らせて、国の礎に甚大な被害が加えられることが問題だ。」


 武人らしいと言ってはそうなんだけど、誰かに不利益を払わせて、利益を享受させられようとしているこの状況は、何処か気に入らないし、なによりも生命は大事にして欲しい。

 それに、付いて来るのだってやっとな感じの人も居るじゃない。置いていけば狙われるから一緒に行軍しているのだろうけど、囮になるような戦い方に耐えられないでしょ?出来れば盛大に文句を言いたいところだけど、いくつも年上、爵位も上で、この場の立場も最高位の指揮官の、三拍子揃って格上の成人男性にどう言ったものか‥‥。


 グッと唇を引き結んでいると、ふいにわたし達の足が地面からふわりと離れた。青龍が急に舞い上がったのだ。ただ、高くは上がらず、地表近くの人の身長ほどの高さを、その煌めく鱗で覆われた長い体で軍勢の周囲を囲むように、ゆったりと進んで行く。

 すると、青龍が胴体で囲った中で、美しい紺色のきらめきが眩しく弾け、治癒の膨大な魔力の奔流が迸る。


「「怪我が癒えてゆく‥‥。」」

「「「痛みが無くなるぞ!」」」


 紺色の光に囲まれた領主軍の兵たちが、驚愕と歓喜のない交ぜになった様子で、自分たちの身に起こった奇跡のような出来事に沸く。


「ハディス様、これってポリンド講師がこちらの状況に気付いてやってくれたんですか!?」

「いや、この青龍の本能じゃないか?龍はもともと癒しを司る『龍の頸の珠』の神器の継承者の魔力だし。本能的にいつも王国中に癒しの魔力を放ってるはずだよ。僕の緋色の小ネズミ達が膂力を渡して走り回ってるみたいにね。」


 ハディスがきょろりと周囲を見渡し、片眉を上げて呆れたようにため息をつく。


「たださぁ。」


 言いかけて、わたしの耳元に顔を寄せ、囁く様な声でひそりと付け加える。


「いつもはここまで派手な効果が現れることはないかなー。多分、今はセレネがいることによって力が強化されていると思うよ。困った子だねー。」


 いや、ちょっと!?困った子だねーなんて、言うハディスの方こそよ!?息が耳にあたってちょっと、心臓がキツイんですけど!更に、ちょんっと頭を人差し指で突いてへにゃりと笑ってるのなんて、無自覚なの!?意図的なの!?


「どうした、バンブリア嬢‥‥?」

「ちょっと大きなダメージを受けたみたいです。わたしにも治癒の光が欲しいです――。」

「まあ、私が共に居る時点で、すぐ側の君に届く癒しの魔力も弱化してしまうんだろうな。けどは治癒の魔法が必要なものではなかろう。諦めることだな。」


 心底呆れたようなアポロニウス王子と、クスリとどことなく色気を感じる笑みを浮かべたハディスに、わたしはがっくりと項垂れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る