第17話 どこか残念なシチュエーションなのはわたしのせいね。ごめんなさい、ハディス様。

 ダメだ!!もう我慢できないっっ!けどアポロニウス王子の部屋で、ハディス様や、こんな大勢の歳の変わらない令息たちの見ている中でゲロインになるのは嫌――――!!!


「ぐ‥‥ハディス様、ちょっとわたしお花摘みに‥‥。」

「何言ってるの?今王城内はとんでもない状態なのに、ふらふら歩き回ったら駄目だよ!」


 そんなっ、部屋から出ちゃダメなのぉ!?それなら、せめて新鮮な空気をっ!


 目に入った部屋の奥の大窓に一気に駆け寄って、窓を開け放つと一瞬涼やかな風が吹き込んで、すっきりした気がしたのも束の間、すぐにまた不快感が全身に纏わりついて、飲み込めない塊が胃の奥にずどんと主張し始める。


 まずいまずいまずいまずい‥‥秒読み開始になっちゃう!


「セレネ、大丈夫?真っ青だけどっ!?」


 ハディス様が寄って来ちゃったよ。むしろ今は距離をとってそっとしておいて―――!背中さすり始めちゃったし、嬉しいけど今は嬉しくな――い!


 ふわり


 と、目の前を、荒ぶる青龍の頭が上空向かって通り過ぎ、その後に鱗に覆われた長い背が延々続く貨物列車の様にズラズラと流れて行く。


 吐き気で朦朧としてきたわたしは、ここから逃れたい一心で、ほぼ無意識に手を差し出していた。空に向かって流れて行く背を掴めるよう、いつかやったのと同じように魔力を薄く纏って青龍を掴み―――窓から外へ、青龍に引っ張られるように全身が空に浮く。


「あ!セレネっ!?」


 ハディスの焦った様な声は、少しだけ下の方から聞こえて来て、次いで腹回りにぐっと何かが巻き付いて荷重がかかり、それに伴って増した吐き気を堪えてぎゅっと目を瞑って耐える。


 ダメよ‥‥まだ早い!まだその時じゃないわ‥‥!


「叔父上!」

「アポロニウス王子!!」


 いろんな声が聞こえるけど、吐き気や眩暈のせいなのか、青龍が上昇しているからなのか、段々と聞こえる喧騒は小さくなって行く。


 ――高く飛びましょう!高く!遠く!この気持ちの悪い魔力から逃れるために。


『うおぉぉぉぉ―――ぉぅ‥‥ん』


 わたしの気持ちに応えるかのように、青龍が咆哮したかと思うと、ぐんっと前方からの空気と重力の圧が増して、上空に向かう速度が上がったのが目を瞑ったままでも分かる。


 荒れ狂う動きは治まったけど、今度は上昇が止まる気配がない。吐き気を催す魔力の効果外には出られたみたいだけど、まだ初夏の文月だと云うのにひんやりしてきた周囲の空気に、不安感が増したわたしは堪らず目を開けた。


「雲海!」


 延々広がる海を思わせる一面の雲。遮るもののない青と白の世界に燦々と照る夏の太陽!なんてきれいなの!!

 けど龍はまだ昇ろうとしてるの?もう気持ちの悪い魔力は届いていないのに。大丈夫だって伝えてあげなきゃ。月見の宴の時、顔周りを撫でて龍を落ち着けた小ネズミがやったみたいに、顔まで移動しないと。そうとなれば、手だけで繋がるのは大変だから、緋ネズミ型の着ぐるみパジャマの様に変化させた魔力を纏って、全身で龍に掴まって移動開始ー!


「‥‥って、あれ?」


 龍の頭へ向けて、ぐっと動かした自分の身体が、想像以上に重い。

 そう言えば胃のあたりを圧迫する何かがあることに、今更ながら思い当たり、視線を移動させたわたしはクワッと目を見開いた。


「ハディス様!?」


 腰に巻き付いていたのは、ハディスの右腕だった。そう言えば、窓から青龍に掴まって飛び出した時、何か胃の辺りが圧迫された感覚があったから、その時に掴まって来たんだ!

 青龍にしがみ付くのに必死で、魔力で身体強化と体表魔力コーティング着ぐるみパジャマを掛けてたから多少の荷重は耐えられるくらいには出来てるとは思うけど、まさか成人男性を腰にぶら下げて気付いてないって、わたし令嬢として駄目だよね?


「セレネ‥‥やっと気付いてくれたー。」


 弱々しげに声を発したハディス様は、ほっとした表情を見せたものの若干顔色が悪い。その上、龍には掴まれない様で、わたしの腰に回した片腕一本だけで身体を宙に浮かせている状態だし、とっても危うい。


「何やってるんですかっ、ハディス様!!危ないじゃないですか!」

「そう思うなら無茶しないでよ。僕だって護衛の端くれなんだから、護る君が行くところには何としてでも付いて行くに決まってるでしょー?」

「けどハディス様は王弟殿下っていう重い責任のある方なんですから、わたしのために無茶しないでくださいよ!」

「大切に思う令嬢一人護れない男が、大層な肩書だけ持っていても滑稽なだけでしょう?君がさらりとやることを、僕がやって無茶だって言われるのは情けないし、悔しいんだけどー。」


 颯爽と言われたならカッコ良すぎて見悶えてしまいそうなセリフだけど、どこか残念なシチュエーションなのはわたしのせいね。ごめんなさい、ハディス様。

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