第7話 串焼きリベンジ。
あれー?この屋台来たことある気がするわ。
滅多に市には来れないのに気のせいかしら?なんて思いながら串焼きを注文しようと、カウンター代わりの焼き器の向こうに居る店主の前に立つや「いらっしゃーい!」と溌剌とした声がかけられる。
「おっ?お兄ちゃん久しぶりだねー。今日はキレイなお嬢ちゃんも連れてデートかい?羨ましいねー、仲良くするんだよ。何本にするかい?」
ハディスも来たことのある屋台?デート?!
この単語で刺激されたわたしの脳は、やっとこの屋台に見覚えのある理由が分かった。
オルフェンズと一緒にハディスを尾行していて、ハディスが食べてた串焼きの屋台だ!
まあ、その後オルフェンズがわたしにも一本買ってきてくれて、ちょっとしたドタバタもあった訳だけどね。折角オルフェンズと分け合って串焼きを食べてたのに刺客が現れたり、デート発言があって驚いたり、騎士団でやったことのない模擬戦をすることになったり‥‥まぁ、綺麗なお姉様騎士を見られる眼福もあったわけだけど。
「はい、どうぞ?」
ハディスのニッコリ笑顔の背景付きで、わたしの目の前に肉汁滴る獣肉の塊かたまりが二つ刺さった美味しそうな串焼きが差し出された。うん、相変わらず美味しそうだ。
妙に距離の近いキレイな顔の圧に戦きながら串焼きを受け取ろうとして串部分を持ったのに、ハディスの串焼きを握る手は離れる気配もなく‥‥どうぞって言ったからくれる気はあるのよね?
うーん、と考えたわたしは現金を出そうと引っ込めた手を腰に下げたポーチに持って行く。途端、何故か嘆かわしげな長―――い溜め息と共に、正面の顔が下を向いて項垂れた。
えーっと?これは、支払いのタイミングが悪かった?いや違うな。お金を払ってわたしの物にしようとするのが間違いなら、わたしに渡そうとしたハディスの意図とは‥‥‥‥なるほど!!
思い至ったわたしは、離してもらえない串焼きから肉の塊を一つ、スッと抜き取りハディスの口元に突き付ける。
これがたぶん正解――か?
若干疑問に思うから少し頭を傾げて確認するように俯いたハディスの顔を覗き込む。
「ハディス様、た・べ・て?」
言った瞬間、大きく目を見開いて、がばりと顔を上げたハディスに、間髪入れず美味しそうな肉を更に近付けると反射的にハムッと咥えてくれた。
これが正解だったかと安堵しつつ指先についた肉のタレをペロリと舐めると、ハディスの口元から肉がポロリとこぼれ落ち‥‥。わたしはタレを舐め取ったばかりの手で慌てて受け止めた。
「何やってるんですか!勿体無い!意味わかんないんですけど!?」
「それは僕のセリフだからね!?君も何考えてんのさ!」
「肉串支払いのタイミングと、肉串の行方ですよ何か!?」
払えば不機嫌、くれるわけでもなく、食べさせれば落とす。どうしろと言う!?
「分かってる。不本意だけど何だか分かってる!もぉぉっ!僕はセレネと一緒に食べたかっただけなの!」
「お嬢ちゃん、そこは彼氏の気持ちを汲んであげなよー。」
第三者の声にはっとした。
そうだ、ここはまだ肉串屋台の軒先‥‥カウンターの向こうでは、次々に香ばしい薫りのする肉串を焼き続けるおじさんが苦笑している。
途端に、人前で何てことをやってるんだろうと、冷静に頭が働き出すと同時に、ぶわりと顔中が熱くなった。
恥ずかしすぎる!さっさとこのやり取りを終了させて立ち去らなきゃ!!
「っ‥‥ハディス様、早く食べちゃってください!」
「あ‥‥あ、うん!」
ハディスもつられて慌てたみたいだ。わたしは手掴みしてしまった肉を食べようと持ち上げ――。
ごちん。
「「っつー!!」」
揃ってかぶり付こうとしたのは、手掴みの方の肉だったらしい。2人とも、肉には辿り着けずにおでこ同士で正面衝突した。
恥ずかしいよ?公衆の面前で何て羞恥プレイだとも思うけど、こんな時って意外と痛くてそれどころじゃないんだなぁーと、冷静に分析したらただ可笑しくなって、笑い始めたらハディスもつられて笑い出した。
何だか幸せだなー、なんて思っちゃったのは内緒だ。
結局、串に残った肉はわたしが受け取り、手掴みの肉は、ハディスがわたしの手首ごと掴んで口に持っていく暴挙に出て、何事も無かったかのような澄ました表情でもぐもぐと食べてしまった。おじさんの「まいどありー!今後とも御贔屓にね!!」なんて明るい声を背後に聞きながら、真っ赤になったわたしとハディスが屋台から出ると、入れ替わりに何人かの恋人同士がいそいそと入っていくのが見えた。
市場調査なんて言いながらあちこちの屋台を覗き、小さな芝居小屋で行われていた学園の歌劇によく似た芝居を見て、わたし達のほうがレベルが高かったわなんておしゃべりしたり、射的の屋台でわたしが弓矢で追撃に追撃を重ねて、人垣を騒めかせたり、ハディスが破落戸を撃退したりと色々あったけれど、ヘリオスの事で気持ちが沈んで屋敷に閉じ籠りがちだったわたしは、久しぶりの街歩きを満喫したのだった。
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