第4話 ここはいつから王立貴族学園分校になったのでしょうかね? ※セレネ視点~イシケナル視点

ヘリオスの足取りに伴って、初めはセレネ視点、途中からイシケナル視点に切り替わります。


――――――――――――――――――


 いない!いない!

 学園にもいない、ならもしかしたら1人で先に帰って、また研究に没頭してるのかもしれない……!


 共に学園へ登校したはずのヘリオスが、帰りの馬車へ乗る時刻になっても姿を現さなかった。これまでどうしても逃せない競りや商談が有るだとか、すぐに閃きを書き留めたり、実験しをしたいといった理由で、1人で先に帰ってしまうことは無かったわけじゃない。

 わたしには護衛としてハディスとオルフェンズが付いているのに対し、ヘリオスは比較的自由だった。かと言って危機感が無い訳ではないから、登下校は帯剣もしているし、一目で貴族だと分かる格好をしたりもしない。だけどまだ14歳の子供でしかないヘリオスに万が一が無いわけじゃない。


 今にも走り出したい気持ちを抑えながら、なんとか馬車で屋敷に戻ったわたしに、ヘリオスの部屋の様子を確認しに行った侍女が告げた言葉は、ヘリオスの身が安全だと示しはしたけど、到底安心できるものではなかった。


「ヘリオス様がお戻りになった形跡はあるのですが、おいでにはなりませんでした。代わりにこのお手紙がデスクに置いてありました」


 ―――― しばらく家を空けます。成長するための心構えを模索するための時間をください。自分自身と向き合う時間が欲しいので、落ち着いたら帰ります。


 なによこれ――!?




――― イシケナルside ―――


「ここはいつから王立貴族学園分校になったのでしょうかね?」


 カヒナシ領主たる私の執務室には、現在、招いた覚えのない子供が2人、悠々と中央の応接セットに腰を下ろし、慣れた様子で私の執事に茶の手配をさせてのんびりと寛いでいる……。なんだこれは?どうしてこうなった。

 胸まである艶やかな黒髪に金の組み紐を編み込んだ、優雅な物腰の少年はこの国の王子アポロニウス・エン・フージュだ。身分が身分だけに無下に扱うことも出来ん。しかも王族への害意と取られぬよう、魅了を使わないように気を張らねばならん……面倒な。その王子が私のあからさまな嫌味も歯牙にもかけない様子で、紅茶を口に運びながら笑みを向けて来る。


「不敬だぞ、ミーノマロ公爵。まぁ、無理を言っている自覚はあるが、お前なら問題ないと分かってのことだ。許せ」

「デウスエクス陛下がシンリ砦の護る森において黒い魔力をぎょした公爵の手法に関心を寄せられ、アポロニウス王子を遣わされたんです。光栄なことではありませんか?それに、先触れの文は送られて来ているのです。問題ないではありませんか」


 そして今一人の子供は、あのセレネ・バンブリアの弟にして、ついこの前までこの館に滞在し、暴虐の限りを尽くした……いや、我が祖父の威光を笠に着ると共に、こちらが音を上げる程の執拗で微細に渉る業務改革に、姉譲りの規格外の力とほんの少しの愛嬌を惜しげもなく振りかざしたヘリオス・バンブリアが、珊瑚色の髪をふわりと揺らして上目遣いでこちらを見る。……こいつも相変わらずで、自分の容姿の使い方を心得ている。

 昨日の朝着いた手紙には、確かに国王直々の命による緊急の視察にアポロニウス王子を派遣するとは書いてはあった。だが、その日のうちの夕刻にはヘリオスが到着し、「王子がこちらへ伺うとの事でしたので露払いとして参りました」などとさらりと言ってのけて居座った。そして翌日にはもうアポロニウスが護衛を伴ってやって来た。急すぎる上に、ヘリオスはアポロニウスの要件には直接の関わりは無いらしい。

 ただ、少なからず関りを持って成果も残したこやつヘリオスを追い返すのも薄情であろうし、今一人はこの国の王子だからな。無下には出来ん……が、子供2人、しかも揃って私に敬意も羨望も執着も抱かない者相手など……苦手だ。来てしまったものは仕方ないがな。


「確かに、もてなしや護衛の面では全く問題にはしていない。――が、ヘリオス・バンブリア。お前がここへ来たのは別の目的だろう?王子がここに向かうことを聞きつけて便乗して来たのだろうが、このままここで遣える気もないお前がわざわざ戻って来て何をする気だ。恋しい姉はここにはおらんぞ?――っ!」


 ゾクリと背筋が冷える感覚が伝わって来たぞ!殺気か!?何だ?今の話のどこにそこまで反応するところがあった?ヘリオスを知っているはずの部屋に控える護衛共が反応して剣に手を掛け、執事までが身を挺して私を護ろうとまでする、洒落にならん殺気だぞ!?


「ヘリオス?そんな事で気持ちを荒げるようでは姉離れと脱子ども扱いは、まだまだだぞ?帰宅できるのはいつになるやら」

「は?まさかそんな理由でここへ押し掛けて来たのか!?お前は」


 苦笑するアポロニウスの言葉に反応してヘリオスを見れば、羞恥に頬を染めて恨めし気に私と王子を上目遣いに睨みつけている。思わずぽかんと目と口を開いたまま眺めてしまったぞ。だが、この表情にはさっきの攻撃的な気配は微塵も感じられん、むしろ――ただただ愛らしい。


 さすが姉弟だな……。


 苦笑混じりに溜め息が漏れ出そうになるのを、そっと心の中に隠して、いかにも子供らしい理由でここを訪れた青年期への階段を上り始める少年を生暖かく眺めた。




 シンリ砦には、早朝のうちにアポロニウス、ヘリオスを伴って私自らが足を運んだ。

 多忙な私がだったが、今回の王子からの依頼に応えるモノに遭うには、私の同行が欠かせない。何故ならあ奴は私が居ないと現れないし、私が居ればシンリ砦の森の中であれば何時でもどこからでも現れる。


「ほっほぉ――う?月の忌子ムーンドロップを抑える方法ですと?伝説級の魔物ですよ、そんなものを只人の身でどうこうできるとお思いか?」


 砦の背後に位置する深い森に入るや、上半身は人であるものの、下半身は法衣の様なローブから、木の根や蛸を思わせる何本ものグネグネと蠢く脚を持ったグレーの長髪の男が姿を現した。絶対的な信奉しんぼうを向けられる私以外は、その人語を話す異形に驚きと恐怖を感じずにはいられないだろう。伴った衛兵たちは、知らず唾を飲み込んだり、手を握りしめたりしている。

 どれだけ外見が異形となっても、この男の本質は何一つ変わってはいないのだがな。今も私の笑みひとつに呆れるほど純粋に心震わせる様がありありと分かる。


「ムルキャンよ、お前が誰にも歯が立たなかった巨大トレントを抑えた手腕と実力を買っての事だ。この領内にそのような実力者が在ることを私は誇りに思うぞ?その役割を自分で生み出したことも忘れてもらっては困るがな。私の寛大さに感謝するがいい」

「我が君……!誇りに思うなどとは有り難いいお言葉……それだけでこのムルキャン、天にも昇る心地でございますぅぅぅ」


 神に祈る様に両手を顔の前で組んで私に熱を帯びた視線を向ける異形ムルキャン。危険極まりない風貌だが、私向ける気持ちには一片の曇りもない。それどころか異形になってからは、それが更に顕著になった様だった。

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