第4章 女神降臨編
第1話 月の忌子
時は少し遡る。
文化体育発表会での歴史学発表が行われている講義室では、フージュ王国建国から現代に至るまでの歴史を、それぞれのグループの観点毎にまとめたパネルが並べられていた。
今は、丁度各グループの説明員が立つ時間となっており、中でも現役の神殿司であるギリム・マイアロフの立つパネルの前には、学園生の令嬢のみならず、その父兄にあたるご夫人や、来賓の方々‥‥の中でもやはり婦人が多く集い、華やかな人垣が築かれている。
「神殿で語られる教義が、マイアロフ様の纏められた伝説と裏付けとなる史跡や資料で示された事実を合わせて、わたくしたちに過去の教訓を理解しやすく組み立てられたものだと良くわかりましたわ。素晴らしいです!」
「マイアロフ様!質問がありますわ!」
「まぁ、あなた、順番を守ってくださいまし。マイアロフ様、一人の女性に尽くす殿方達の人間模様の考察が興味深いのですが、実際マイアロフ様はどのような女性像に信仰される女神の面影を見出されるのでしょうか?是非教えてくださいませ。」
「無粋なことをおっしゃるものではないわ。マイアロフ様が神殿司として女神に仕えられるお姿こそが、かぐや姫をお支えした貴公子方そのものなのですわよ!」
発表内容に沿っているようで、ズレている感想に巻き込まれたギリムの表情は「無」だ。解説を求めることを口実に、婚約者のまだいないギリムへのアピールに勤しむご令嬢や、見目良い部類の彼にかぐや姫物語の貴公子のイメージを当て嵌めて、物理的接触は求めないものの、ひたすら愛でて離れない者など、悪意はないが扱いに困る多すぎる好意に辟易しているのが分かる。
「気を付けないと崇高でクールな神殿司の眉間に刻まれた縦皺が、ご令嬢方にばれちゃうんじゃないかしら。」
同じ講義室内に居ながら別グループのパネルの前に立ち、遠巻きにその様子を目にしたセレネは苦笑しながら両脇にいる護衛ズにだけ聞こえるような小声で呟く。
「うーん、あまり色々意欲的じゃない
「意欲的なのは良いことよ?知らないなりにも質問してくれるのは、その子の研究に対する好奇心を刺激する事が出来たって嬉しくなるし。けどさすがにお家で詳しく解説して欲しいって云うのはお断りしたけどね。」
「あぁ、銀のが廊下へ案内した2年の令息だったねー。彼もお話し合いの結果、この場での説明でしっかり理解してくれたみたいで良かったよ。」
「‥‥急に目の前から消えたと思ったら、やっぱりそうだったのね。」
ちろりとオルフェンズを見遣ると、薄い笑みが返って来た。
ほんの少し余所見をしただけで、講義室内のどこにも居なくなっているから、もしかしたらとは思っていたわよ。その後、廊下でわたし達とばったり出会ったりもしたけど、何だか反応がおかしかったもの。何を言ったんだかねー。
「子供相手なんですからね?」
「色目を使う段階でそれは既に男だよ?」
念押ししたつもりが、イイ笑顔のハディスに念押しされ返されたわ。くぅっ。けどあれってそう云うお誘いだったのねー。分からなかったなぁ。ドキドキ感もなかったし。
ちらりと再度ハディスの穏やかな表情を仰ぎ見―――。
って、わたし何考えてるのよ!対象外よ、対象外。さぁ、他グループの成長期、成熟期のパネル発表をを見せていただかないとっ!解説員のバネッタを見にきたんだものね。
並んだパネルを順に見て行くと、建国期の隣には成長期パネルがあり、見て行くと魔道具の発展についてまとめられてたものもあった。太古の建国以前には現在と遜色ない程の魔道具が扱われていたことは遺構や遺物から知られてはいるけれど、魔物との激しい戦いによってその技術が一度失われ、成長期の先人たちの努力により現在につながる技術再現に関わる基礎が作られたと言うことが纏められていた。次のパネルは、近代に入って法令がどのような経緯によってつくられるに至ったのかを、歴史的分岐点や具体的な出来事を上げることによって分かり易くまとめられていた。こちらがバネッタの解説する方だ。
「成熟期に打ち立てられた数々の法令は、緩やかな人の営みに沿って、より豊かに、より安全にの望みを叶える為に徐々に洗練されて行き、現在の形に近付いて行ったのです。ただ、例外として100年前から姿を変えていない物もあり、その代表例が
バネッタの解説はとても華があり、茶会で流行の演劇やオシャレの話をするかの様な柔らかな声で話が紡がれて行く。ただ一つだけ、その内容の異様さに引っ掛かりを覚えるものがあった。
月の忌子?
「突発的で決まった対応が難しいものの様ですわね。成長期、成熟期にはそれぞれ1度づつは月の忌子の出現が記録されているようですわよ。私たちの調べでは、1度の出現で3つの町が壊滅させられた様ですわね。一番近いもので150年前の記録になってしまいますけれど。」
「建国にあたって、魔物の脅威を大きく減らしたこの国でも、何だか怖い事件が定期的に起こって来たんですね。」
恐ろしい出来事ではあるけれど、わたしが漠然と抱いた感想は、歴史の本を読む様に過去に済んでしまった関ることのない出来事としてのものだった。
――――けどそれがまさか盛大なフラグになっていたなんて、あの時のわたしは考えもしていなかったわ。
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