第38話 あてられたなんて意味深なこと言って、ポンポンしながら考え込まないでっ!
2週間前の巨大トレントの襲来時には、こんな風に森全体に黄色がかった暗灰色の魔力の塊が蠢く様子は見られなかった。その時は、ひしめき合う魔物の群れに恐怖感が沸き上がったけれど、今日の森は不可解な色の魔力にビッシリと覆い尽くされていて、とても禍々しいだけでなく、生理的に受け付けない気持ち悪さがある。ここまでの状態になるまでに放置するなんてどう言う危機管理をしているの!?ヘリオスが付いていながらどうして?
「我々はイシケナル様より仰せつかった森の監視をいつも以上に厳しく行い、先のトレントによる砦襲撃からは油断なく24時間体制での森の監視を実施しております。恥ずべきことなど、何一つありません!」
衛兵が憤慨と困惑のないまぜになった様子で強く言い切る。
「まさか―――。」
イシケナルが護衛と衛兵一人づつに森の様子を言ってみろと話を振る。すると、衛兵は森をしっかりと眺め、困った様にイシケナルへ視線を向けると、思い切った様に口を開いた。
「森は、いつものように落ち着いております。目に見える範囲には、特に目立った魔物の動きは無し。但し、普段なら聞こえる動物や鳥の声が全く聞こえてこないと云う点は不可解で、確認の必要があるかと判断します。」
次いで、イシケナルが領主館から引き連れてきた護衛が口を開く。
「森には確かに目立った魔物の動きや痕跡は見当たりませんが、全体に自然のものとは考えにくい黄味がかった灰色の
こちらは、スバルの見えた景色に近いものがある様だ。
わたしは信じられない思いでハディスを見て、イシケナルへ視線を移す。2人とも何処か険しい表情でいるのは、この森の異常が正しく伝わらなかった理由に気付いたからだろう。
衛兵も護衛も、それぞれが間違いなく正確に森の状況を伝えていた。けれど、報告の内容に決定的な違いがあったのは魔力が見えるか否か――たったそれだけのことで大きく判断を違える事となっていた。
「魔力の色が見える衛兵がいなかった事が悔やまれるね。」
「
「ああ、良い衛兵達だ。それでも、1人くらい魔力に長けた者が居なかったのかと悔やまれるな。」
ハディスは、責める風でもなく、静かにイシケナルに話している。それは、聞いているイシケナル自身も同じ思いだと云うことが分かっているからなのだろう。
「カヒナシ中央都市の私の膝元に魔力の扱いに優れた者が集まっていた。彼らの方が物理、魔力双方での戦闘や防衛の能力が高く、中央都市と私の護衛を任せていたのだ。」
「まあ、それはそうなんだろうな。あんたは良くも悪くも
「悪くもの意味が分からんが――小娘の弟の意見で、魔物防衛の要所であるシンリ砦をはじめ、いくつかの要所にも魔力に長けた者を置いた方がが良いと云うものがあったが調整中だった。」
イシケナルが、ちらりと紫色の騎士服に身を包んだ護達を見遣ると、それぞれが縋る様な視線を返す。
「私のそばから離れることを悲観するものが多くてな。」
イシケナルの元へ集まる人間は、ただ仕事を得に来ているだけでなく、彼自身の魅力――いや、魅了?に囚われて、忠誠心とは違った思慕や執着を持って側に居るんだろう。それが、悪いとは言わない。言わないけど、それだけ思う相手なら、その相手への助けが、例え傍から離れる事であっても叶えてやろうと思う者が、もう少し居ても良いんじゃないかな。
「良い大人が何を情けないことを言ってるんですか。ヘリオスは、わたしのためにって、わたしから離れて公爵の所に居るんですよ?14歳の子供には出来ているんです。大人の皆さんなら、大切に想う人を護るための力は更に大きいですから、もっとしっかり護ることが出来るはずです。公爵様も信じていらっしゃるくらいの素晴らしい力を持った、掛け替えの無い方々ですものね!」
不安だろうけど、力のある人達だと公爵が言う様な人達だ。なら足りないのは踏み出す一歩への勇気だけよね!そんな思いを込めて力強く言うと、こちらを見たハディスがはっと目を見開き「魔力が溢れてるよー‥‥。」と力なく呟いて項垂れる。
「イシケナル様。」
紫色護衛の1人が前へ出る。さっき、この森の状態を話した人だ。
「我が君――どうか、この森の護りに私を加えていただけませんか?」
緊張で乾いた唇をぺろりと舐めて、思い切った様に口を開いた男の瞳には、イシケナルへ向ける真摯な気持ちと熱っぽさが含まれる。イシケナルはそれを一切の戸惑いもなくただじっくりと見詰め返し、やがて視線を柔らかく緩めると鷹揚に頷いた。
「だが、今回の探索が終わるまでは私の元を離れることは許さん。そして新たな任務に就いたのちも、お前は私のかけがえのない一部であるということは変わらん。」
うん?何か思ったのと違う!護衛さん「イシケナル様‥‥。」なんて熱に浮かされたように呟いてるし、咲き乱れる花の幻影が見えるようだし、他の衛兵や護衛の嫉妬の眼!やっぱ、何か違う!
‥‥――けど、良い方向に行きそうだから良しとしよう。うん‥‥。
と思っていたら、ハディスが無言ですぐ側に寄って来て、わたしの頭をポンポンと撫でた。
「ハディス様っ!?」
「なんとなく?いや、あてられた‥‥?いやまさか。」
いや、やめて欲しいし、不意打ち!あてられたなんて意味深なこと言って、ポンポンしながら考え込まないでっ!
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