第31話 ヘリオスを褒めてたのに、何でヘリオスに説教されそうになってるのー?

「そんな訳でね、その宿屋の上級執事バトラーの領主推しが凄かったのよ!ってちゃんと聞こえてる!?今度こそ大丈夫でしょうね?」

「えぇ、大丈夫です!もぉ、お姉さまは心配性ですね。」


 ふんっと憤慨したように鼻息荒くわたしを上目遣いで見る天使‥‥?にしては随分不遜な態度だ。


「心配性じゃないでしょ!?久しぶりに顔を見に来たら、こんどはイシケナルに魅了されかけてたんじゃない。びっくりしたわよ。」

「こっ‥‥こんな男に魅了なんかされませんっ!!されのと、されのでは全く違いますからっ!」


 まぁ、確かに。




 思い出すのは数刻前。

 宿屋で暴れた2名の採取冒険者を衛兵に引き渡し、宿泊する部屋へ荷物を置くや、オルフェンズの助けを得てハディスと3人で領主館まで足を延ばしたのだ。


 以前に一度侵入していたのと、大ネズミの出迎えがあったのとで比較的すんなりと邸内のヘリオスに接触は出来たのだけれど―――。


「何ですか!?お前たちはイシケナル様に仇成す者ですか!?」


 夜遅くのこの時間まで執務に就いていたヘリオスを久々の再会で喜ばせようと、オルフェンズの隠遁から、サプライズ的に目の前で突然現れたわたし達に開口一番放たれたセリフがこれだった。改めて見てみれば、うっすらとイシケナルの紫色の魔力に覆われている気がする。


 そう言えば、最近は手紙のやり取りも滞りがちで、カヒナシ領での仕事が忙しいのかとばかり思っていたけれど、魅了にかかってこちらの事を忘れ掛けていたのならそれも納得だ。その可能性に思い当たれなかったわたしは思わず笑いが込み上げてくる。


「ふふ‥‥ちょっと見ない間に、ねぇ?ヘリオス。」


 断じて脅しているつもりは無く、問い掛けと、確認の意図を込めた言葉だったと思う。だから、ふんわり笑顔でやさしく呼び掛けただけのつもりだったのに、受けたヘリオスはギクリと全身を強張らせ、青褪めた顔でわたしをじっと見詰め「お‥‥姉さま。」と弱々しく呟いた。


 どうやらそれがイシケナルの魅了を完全に払い除けた瞬間だったようで、わたし達を出迎えに来ていた緋色の大ネズミは再びヘリオスの肩の上に戻って行っていた。もしかすると、大ネズミはヘリオスの危機を伝えに来てくれていたのかもしれない。




「まぁ、今度は前回よりもすんなり戻れたみたいだし?成長したのね。」


 ヘリオスの頭を撫でようと手を伸ばすと、天使の様な愛らしい顔を再び苦々しく歪めてペシリと叩き落とされた。


「ですから、僕はこんな男の魅了に引っ掛かって腑抜けるような未熟者ではありませんっ!大丈夫です!!」

「ちょっ‥‥ヘリオス、反抗期!?」


 ヘリオスがわたしを見る目が怖い。ちょっと前までは「おねえさま!」なんて本当に愛くるしい笑顔で呼びかけてくれて、本当に天使だったのに、なんでそんな唸り声でも立てそうな表情で見てくるの!?


「おい、お前達。まさか私の前だということを忘れている訳ではないだろうな?」


 紫紺の髪に鮮やかな紫の瞳の男が、憮然として執務机に座ったまま声を掛けてくる。

 そうだった、久々の再開に喜んでいたところにまさかの魅了され疑惑までが勃発してすっかり忘れていたけど、ここはイシケナル・ミーノマロ公爵邸の、領主の執務室だった。


「あー、お忙しいようですからお構いなく。ヘリオスとちょっとだけお話しをしたらすぐに帰りますから。明日も朝が早いですし。」

「少しはこちらを構えと言っている!そもそもココは私の館で、何の先触れもなく突然目の前に現れて良い場所ではないのだぞ!?」


 あーそうでした。わたしも忘れかけてたけど、この魅了の公爵様はのべつ幕無しに好かれるのが常なお方だけあって、いつも自分が中心で構われたいお方でしたわね。そのせいで逆恨みされたわけよね。


「はぁぁぁ――――――ぁぁ‥‥。」

「おい!何の溜息だ!」

「貴方のことを思っての溜息ですよ。ご満足でしょうか?」

「小娘のは何か違うぞ!?分かるんだからな!?」

「めんど―――。」

「お姉さま!?」


 はっ!またうっかり毒づくところだったわ。イシケナルって、結構粘着質だから面倒くさいのよね。この男絡みでヘリオス誘拐騒ぎやら、ユリアン&カインザからの生徒会長罷免嘆願やらで散々な目に遭わされたんだもの。二度あることは三度、なんて絶対に御免だわ。


「とにかく、ヘリオスの元気そうな顔が見られて良かったわ!意外にここの領主様は領民たちに慕われているみたいだから、領地経営も上手くいっているんでしょうね。流石ヘリオスよね!」

「おい、そこは私の手腕を褒めるところだろう!?あと意外とはなんだ!」


 ヘリオスの頑張りを褒めているのに、大人げない声が遮って来る。


「えー‥‥だって、貴方の魅了は制御が効かないから人だけじゃなくて厄介事まで引き寄せちゃうじゃないですか。今日だって貴方の心棒者の冒険者二人が揉めてるのに巻き込まれて、怪我しちゃうところだったんですよ!?」

「ふん、その者達の方が見込みがあるではないか。」

「お姉さま?怪我をするところだったとは、どういうことですか?いったい何をやって、そう巻き込まれたんです?また無意識におかしなことに自ら突っ込んで行ったんじゃないでしょうね?」


 どうしてか形勢がわたしに不利な感じになってるんだけど、ヘリオスを褒めてたのに、何でヘリオスに説教されそうになってるの――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る