第24話 何処かの奥様方が喜びそうなレポートの姿が見え隠れしてきた。
ネズミたちはちょこまかと走り回って龍から逃げ回る。
弱い者苛め許すまじ!と龍とポリンドに鼻息荒く鋭い視線を投げつける。
「取り敢えず結論をありがとうございます。出せない話が多いことは分かりました。ただの学生のために祈貴重なお時間をいただき有難うございました。」
話は終わり、とばかりにぺこりと頭を下げる。
ギリムが目を眇めて何か言いたげにこちらを見てくるけど、知らないわ。わたしの大切な仲間をからかったり、危害を加えようとする人に、愛想良くする気なんてないし、そんな器用なことは出来ないもの。
ふんっと顎を反らせると、ポリンドが「分かってないなぁ」と小さく呟いて片方の口角を引き上げた意地の悪い表情を作ってこちらを覗き込む。
「出せない話じゃあないよ。手に入れたい人間の覚悟が必要な話ってだけだよ。今の君にとっては。」
「それはどう云う‥‥。」
言いかけて止めた。聞くまでもない。もう既にポリンドはわたしに答えを告げているんだもの。
『王城に深く入り込んだ職に就くか、王族の庇護を得る血縁に加わる事が出来れば話は別。妻とか愛妾とか――。』
ぐっ。と唇を噛みしめて更にポリンドと龍を見る瞳に力を込めた。
こんな学生の課題までダシにして将来の身の振り方に茶々を入れてくるだなんて冗談じゃないわ。卒業後は王城への就職を勧めるとハディスは言っていたけれど、他のヒトはもっと明け透けに取り込みにかかって来るわけね。約束なんて本当に守る気があるのかどうか分かったものではないわ。今はハディスがわたしの味方に付いてくれているから力持つ貴族からの横やりを防げているけど、この先まではどうなるのか分かったものではないってことね。
自分の企画デザイン力で商会を家族と共に盛り立てて行きたいわたしには、到底受け入れられない話だった。
予定よりも随分早く、学園長室を辞去することになってしまった。
折角発表内容に大いに参考になりそうな地歴と天文学の専門家の話を聞くことが出来る機会があったのに、自ら棒に振ってしまったような事をしてしまった。ポリンドに対しては後悔はないけど、スバルとギリムに対しては、申し訳ない気がしてならない。
「気にしなくていいよ。わたしもあの講師の言い様には思うところがあったから。庇護を得るだの、妻だの、愛妾だの。女を力ない者として軽んじているとしか思えなくて、実を言えば不快だったんだ。」
「だよね!」
講義室への道すがら、女子トークに花を咲かせていたら、ギリムは「揃ってそんなことを考えていたのか‥‥。」と、引き気味だった。いや、多分庇護を喜ぶ娘もいるとは思うよ?わたし達がそうじゃないだけでね。
護衛ズは何も言わずに、距離を開けて付いて来ている。学園長室の扉を開けて、廊下にいたハディスと目が合った時、何か物言いたげな視線を向けてきたけど、そのまま口をつぐんでしまった。
「そう言う訳だから、まずは自分達だけでも出来る細やかなことから始めようか。」
スバルが努めて明るい声を出している事に気付いてはっと顔を上げると、丁度差し掛かった側の扉『資料室』に笑顔で人差し指を向けていた。
そんな訳で続きは学生らしく資料室で借りて来た王国の地図を広げて考察し合うことにした。効率は落ちるだろうけど仕方ない。資料室の管理員に貸し出し資料として地図を出してもらったら、わたしが両腕を目いっぱい両側へ広げたくらいの長さの紙管を渡されて面食らったけど、講義室に持ち帰り、長机を3つくっ付けた上にばさりと広げると、更に圧巻だった。
大きさもさることながら、領地や湖、森林、川などの名称が装飾的な文字で書かれている、けどそれよりも目を惹くのは、地図の空白を埋め尽くすように描かれた美術品かと思う様な美麗な装飾の数々‥‥。ちなみに王国の周囲を取り囲むようにそびえる俊嶺もちゃんと描かれてはいるけど、途中から龍になってるし。紺色だし。――嫌なものを思い出したわ。
けれど難点は、領地の境界や道、川が物凄く簡略化されて描かれていると言うことだ。等高線なんて有りはしないし、肝心なものが適当だ。残念な地図だけれど、これがこの世界ではベーシックだ。
「峻嶺は無かったと言っていたな。山々は元よりあったものではなく、この国の開祖たる2人がお創りになったと。」
ギリムが山脈を表す龍を指でなぞりながらポツリと呟く。
「開祖2人が伝説じゃなくて現実に居た人間だって、妙に確信的だったよね。山を作るなんて人外のやることとしか思えないことなのに。」
「それこそ確信を持つに足る何かが、彼らのもとには有るんだろうな。」
「嫉妬‥‥恨んだりして、人間臭いのは納得だけどね。」
こちらもなかなか残念な伝承になりつつある。
1人の女と、それを取り巻く夫を始めとした5人の男が織り成す嫉妬や、恨みにまみれた、建国史――何処かの奥様方が喜びそうなレポートの姿が見え隠れしてきた。
にんまりしたわたしに、ギリムが胡乱な視線を向けてきた。分かってる。神職のギリムの立場に配慮して、昼帯ドラマの台本みたいなものにはならないようにするからね?との思いを込めて、こてりと頭を傾げて笑って見せたら、さらに苦々しい表情を向けられた。
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