第52話 わたしの無罪は表明されたのだけれど――。

 ヘリオスは、本人たっての希望でイシケナルの所に残ることになったのだけれど、まだ王立貴族学園の学生であることから、クロノグラフ学園長が休学を認めた1か月間だけの滞在となった。正直、1か月で大人の為人ひととなりが、そう簡単に変わるわけはないと思うのだけれど。


「彼の周りは確かに優秀な人材が多くいますので、魅了や懸想はともかくこの際置いておいて、組織と運用体制にテコ入れすれば、おのずとトップに立つ彼自身も変わっていくことになると思います。」


 なんて使命感に燃えた顔付きで言っていたわね。商会長や当主だけじゃなくてコンサルタント業まで始める気かしら。

 学園長もヘリオスが今回の誘拐滞在中に作っていた改革案のレジュメに目を通して大いに納得した様で、1か月間はヘリオスに組織改革の権限を持たせるようイシケナルに口添えしてくれたみたいだった。





 学園では、相変わらず賑やかな日々が続いている。ほんの1か月間、今までも素材集めや外商で家を空ける事はあったけど、他所のお家に入っていると思うとなんだか別の寂しさがある。


「まるで娘を嫁に出した父親みたいだね。」


 隣の席に腰かけたスバルが苦笑する。


「仕方ないじゃない。あの天使なヘリオスが一時的とは言え、よそ様の家専属でお世話になっているんだもの。取られたみたいな気分だわ。」

「うん。まさしく父親ね。」


「いたわね、悪徳生徒会長!今日こそ罪を認めて悔い改めなさい!そしてあたしにへーちゃんを渡しなさい!!」


 午後の講義が終了したばかりの気怠い空気の漂う講義室に、キンキンと甲高く甘ったるい声が響き渡る。


「何でまだわたしのところに来るわけ?ヘリオスはバンブリア商会うちの大事な時期当主だし、貴女が義理の妹なんてわたし、嫌よ?」

「あんた以外に誰に言えっていうのよ!へーちゃんを渡しなさいよ!!あたしの可愛い担当はへーちゃんしか考えられないわっ。」


 年齢の割に体格の良い騎士団団長令息カインザを、組んだ腕でぐいぐい引っ張って、わたしの側までやって来たのはゆるふわウエーブの赤みがかった金髪を、大振りなリボンでハーフアップにまとめている、容姿だけは愛らしいレパード男爵家の18女、ユリアン・レパードだ。嬉々としてわたしに絡む女豹に対し、体力に自信のありそうなカインザは顔色も悪く、うんざりした表情で小柄な少女に引き摺られるようにやって来る。


「ホーマーズ様?まだ一緒に行動を?」

「仕方がないだろう、微弱な威力だが危険な魅了持ちを放ってはおけないと王子からのご指示だ。」

「ちょっとあなた!あたしの筋肉ガテン系担当に勝手に話しかけないでくれる!?もちろん王道の王子様担当のアポロニウス王子殿下と、クール担当のギリム様と、鬼畜溺愛系担当のロザリオン様にもよ!」


 カインザが、得体のしれないものを見る目でユリアンを見ているけど同情はしない。


 彼が今のポジションになったのは、王子の側近の立場であるために知り得た『公爵が男爵令息を誘拐した』と云う高位貴族の関わる秘密裏に扱うべき情報を、一女生徒の為に利用した事による王家からのペナルティだ。かなり軽いペナルティだとは思ったけれど、今回カインザが掛けられていたイシケナルの魅了は、王家も一目を置くほどの威力だと知られている為と、あとは彼が言った通り微弱な威力だが危険な魅了持ちを放ってはおけないとの判断からだ。


 ちなみに、カインザにかけられたイシケナルの魅了は既に解かれている。そのお陰か、カインザにはユリアンの弱い魅了では効果が無くなり、今では嫌々ながら彼女に付き合って行動する事となっている。


 罷免嘆願については、ユリアンの魅了でからめ捕るように集めた令息票は無効となり、恐喝に強要の被害者とされたドッジボール部令息達は自らわたしの無罪を訴えてくれた。


「むしろ虐めて欲しいくらいです!」


 などとトンデモナイ発言をする者まで居る恐ろしい現実に気が遠くなりそうだったけれど、ハディスが良い笑顔を見せると部員たちは「自分たちの身の丈は分かっているつもりです!!」と必死の様子で弁明していた。


 それに監禁については、被害者であるとされていたヘリオスは誘拐ではなくミーノマロ公爵家に1か月の行儀見習いのための休学をしている、と前公爵であるクロノグラフ学園長が明言してくれたため、あっさりと誤解は解けた。

 それどころか、男爵家令息が高位貴族である公爵家に見習いで雇われる事自体が名誉な事で、ヘリオスはその株を上げていたわ。間違っても公爵矯正のためなんて流石の学園長も言わなかったからね。


 その他の被害者とされた即席貴族は、王子の側近候補であり騎士団団長令息カインザとの繋がりが欲しくて名を連ねていた様で、カインザ自身が王子から今回の件で叱責を受けたと知るや、掌を返したように、被害については自分の思い違いであったと表明した。

 そう云う訳で、わたしの無罪は表明されたのだけれど――。


「バンブリア生徒会長、今日は確か生徒会役員会議の日であったはずなのだが、まだ行かれないのかな?」


 前大神殿主令息ギリム・マイアロフ、フージュ王国宰相嫡男ロザリオン・レミングスを始め大勢のご学友をぞろぞろと引き連れた、フージュ王国の第一王子アポロニウス・エン・フージュが金の組み紐を編み込んだ艶やかな黒髪を揺らして現れた。


「王子‥‥、ごきげんよう。」

「私のことは副会長と呼んでくれて構わないぞ。バンブリア生徒会長。」


 にっこりと、非の打ちどころのない貴族らしいアルカイックスマイルを浮かべるアポロニウス王子は、笑いながらも妙な圧を向けてくる。そう、今回の騒動の副産物と云うか、求心力と権力を併せ持ち、何故か生徒会活動に興味を持つ王子を放置することも出来ないとの学園長や教員の取り成しで、王子が副会長に就任することになったのだった。

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